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蛮族の本懐

Ne quid nimisというモットーに抗うための試み。

Welcome to Hokkaido (2):探索 大通公園近郊

前回のおさらい

 本連載を最初から読みたい方は以下のリンクからどうぞ。

rasiel9713.hatenablog.com

南北方向の起点、大通公園

  さて、今回はさっぽろテレビ塔を臨む大通公園の噴水から出発します。

 札幌の中心市街は平城京平安京さながら、碁盤の目状に区画整理されています。そのため、中心市街の住所も「北3条西6丁目」のように座標で表示することになります。この座標における南北方向の起点となるのが、札幌の中心に東西に広がる大通公園です。大通公園をゼロ地点として、公園と平行に走る通りを数えていきます。北に1条、2条、3条……。南に1条、2条、3条……。この分かりやすい表示ゆえ、数日札幌で過ごせば、行きたい場所の住所を見ただけでだいたいどの辺に位置しているのか目星をつけられるようになります(但し中心市街に限る)。なお、東西方向の起点は札幌を東西に流れる創成川となっています。

 札幌に来てからというもの、ほぼ毎日のように通り過ぎている大通公園。改めて観光客目線で、大通公園近郊の観光スポットを巡ってみようと思い立ちました。それでは出発です。

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札幌市時計台(旧札幌農学校演武場)

 まずは、言わずと知れた記念撮影スポットの札幌市時計台から。この時計台は原型のまま正確に作動している日本最古の塔時計として有名です。札幌に来たら誰もが一度は足を運びたいモニュメントであることは間違いありません。

 しかし、この札幌市時計台「日本3大がっかり名所」などと呼ばれているのもまた事実。「札幌市時計台は本当にがっかりスポットなのか!」という検証記事まで登場するありさまで、もはや先入観なしで観に行くのは至難の業でしょう。日本語インターネット空間を理解できない人生でありたかった。

 さて、大通公園から北上し、札幌市役所を通り過ぎると、突如として向かい側に時計台が現れます。私の第一印象は「あっ、あれか!」でした。すぐに認識することができず、数秒キョロキョロとあたりを見回してから「あっ、あれか」。つまるところ、背後にそびえ立つビルヂングのせいで(!)存在感がないのです。札幌駅から南下しようが、大通駅から北上しようが、高層ビルヂングの横を通っていくことには変わりがないので、相対的に時計台のスケールがショボく見えてしまいます。

 何が言いたいのかというと、時計台そのものががっかり感を醸し出しているわけではないということですね。お台場の実物大ガンダム立像もそうですが、我々はどうも巨大なものを観ることに慣れすぎてはいないか。札幌市時計台という歴史的存在が札幌の現在を象徴する高層ビルヂングと共存している、ということにこそ目を遣る必要があるのではないか。そんな風に考えました*1

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 パンフレットや観光ガイドブックでよく見るアングル。

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 札幌市時計台の前身は札幌農学校演武場です*2。現在時計台の中は札幌農学校に関するミニ博物館となっていますので、時計台の前で記念撮影するだけでなく、入館してみると勉強になります。受付でさっぽろテレビ塔との共通入場券が800円で買えるのでオススメですね。

 札幌農学校の卒業生としては、有名どころでいうと新渡戸稲造(盛岡出身)、内村鑑三(江戸・小石川出身)、有島武郎(江戸・小石川出身)がいます。東京大学(特に法学部)がベルリーン大学(Humboldt-Universität zu Berlin)モデルの学部割や教育メソッドを採用したのに対して、札幌ではクラーク博士らが招かれてキリスト教に基づく教育機関が設置されたというのは非常に面白い対比かなと思います。クラーク博士が来日するきっかけを作ったのはアメリカに密航・留学した新島襄のようなので、ここでも「中心と辺境」という視角がバッチリ当てはまります。

 ただ、クラーク博士が博士号を取得したのはゲッティンゲン大学(Georg-August-Universität Göttingen)なので、19世紀後半におけるドイツの学問的存在感を過小評価することはできませんし、まして「グローバリズム」対「反グローバリズム」の構図を無理に持ち出すのも不適切でしょう。ここで「中心と辺境」と述べたのは、あくまで札幌農学校卒業生の近代日本知識人史において占める位置を表現するためです。これは色々な縁があって東京を離れ、札幌に滞在している私(仙台出身)としてもアクチュアルな問題なのですが、考えがまとまっていないので、時間が解決するはずだと先送りしているのが現状です。

 (2017年4月30日追記:少し分かりにくいと思われる箇所について補足します。クラーク博士はアメリカ人なので、当然ながら札幌農学校では殆どの講義が英語で行われました。札幌農学校の卒業生の中には英語が堪能な人物が何人もいます。例えば新渡戸稲造は『武士道』を、内村鑑三は『余は如何にして基督信徒となりし乎』や『代表的日本人』を英語で執筆しましたし、有島武郎もアメリカへの留学経験があります。このように、彼らは「アメリカ仕込」のエリートという性格を共通して持っています。そうなると、今日の英語至上主義的なグローバリズムを称揚する手合いから、彼らはグローバル人材の先駆だと持て囃されることになるかもしれません。しかし、当時の「大日本帝国」の主流派が近代化の模範としていたのはフランスやドイツであり、イギリスやアメリカではなかったことを前提とするならば、知識階層における英語教育の「人気度」を過度に高く見積もるのはアナクロでしょう。新渡戸稲造も博士号を取得したのはドイツのハレ大学です。穂積陳重しかり、英語が堪能なことを強みとしたエリートが皆無というわけではありませんが、「英法派」が主流となることはありませんでした。新島襄が創立した同志社英学校の国内におけるポジションも、以上のような観点から検討されるべきではないかと思います。)

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 話を建造物の外観に戻しましょう。実は北海道庁旧本庁舎と同様に、札幌市時計台にも開拓使の徽章である赤い五稜星があしらわれています。記念撮影台側からのアングル(写真一枚目)では見落としがちですが、正面から見れば一目瞭然です。ただ、撮影していて思ったのですが、正面からのアングルだと時計台はのっぺりした感じになり、あまり写真映えしないですね。パンフレットや観光ガイドブックのアングルは考え抜かれたものだったのだなぁ……。既に知られている魅力的なアングルを真似して撮影してみることが、画面作り上達の早道なのかもしれません。

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さっぽろテレビ塔

 札幌市時計台の次は、さっぽろテレビ塔へ向かいます。目当ては札幌市内を一望できる地上90mの展望台です。東京タワーも東京スカイツリー通天閣も登ったことのない私ですが、綺麗に区画整理された札幌市内を見渡せるとなれば、登らないわけにはまいりません*3

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 札幌市時計台で購入した共通入場券のおかげで並ばずに入れました。展望台へ上昇するエレベータの中、60秒きっかりで札幌およびテレビ塔についての説明を終えるエレベータガールには感服の一言ですね。それでは札幌市内を360°見渡せる展望台へ、レッツゴー!

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 ▼北側。札幌駅方面のオフィスビル街。当然ながら時計台は見えません。

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 ▼西側。大通公園から大倉山・三角山までを一気に見渡せます。

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 ▼南側。不夜城・すすきの方面。遠くには銀色の札幌ドームも見えます。

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 「怖窓」(こわそ~)。これ、高所恐怖症の人は完全にアカンやつですね。

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 ▼東側。劇団四季の劇場やバスセンターが見えます。

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 四季折々、日中・日暮れ・日没後、札幌の色々な顔を楽しめるのがさっぽろテレビ塔の魅力のようなので、余裕があればまた足を運びたいと思いました。

札幌市資料館(旧札幌控訴院)

 ここまで札幌市時計台さっぽろテレビ塔とベタな観光スポットを巡ってきましたが、実は大通西13丁目まで足を伸ばすと、なかなか渋いモニュメントに出逢えます。それは札幌市資料館です。資料館といっても入場無料ですし、館内も美術館と公民館を兼ねた形で利用されているので、観光スポット的には優先度は低いのかもしれません。しかし、法学徒なら絶対に外せないモニュメントであることは疑いありません。なぜなら、この建造物こそが旧札幌控訴院だからです。

 札幌控訴院は大正15年(1926年)建造。「控訴院」とは裁判所官制(明治19年勅令第40号)および裁判所構成法(明治23年法律第6号)で定義された上級裁判所であり、現在でいう高等裁判所にほぼ相当します*4控訴院は全国8箇所に設置されましたが、建物が現存しているのは札幌と名古屋の2箇所のみです*5

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 正面玄関のひさし部分には「札幌控訴院」の文字と、目隠しされた法の女神ユスティティア(またはテミス)および秤と剣の紋章が配されています。ところでユスティティアの紋章を目にするたびに、Metallica, ... and Justice for Allを思い出してしまうのは、私だけ?

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 重厚な雰囲気の漂うエントランス。

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 刑事法廷展示室。控訴院時代の法廷を再現した一室で、パンフレットによれば現在も模擬裁判など司法教育のために使用されているそうです。北海道大学法科大学院の学生が使うのか、司法修習生が使うのかは分かりませんが、この建物で模擬裁判を行うからにはきちんとした歴史認識を備えた法曹になってもらいたいと切に願います。

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 せっかくなので「被告人、前へ!」の位置に立ってきました。

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 二階から臨む大通公園さっぽろテレビ塔も遠くに見えます。

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 建物中央の螺旋階段もいい雰囲気です。

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 名古屋を訪れる機会があれば、旧名古屋控訴院も是非とも観覧したいところ。控訴院マスター目指して、頑張ります(なんじゃそりゃ)。

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関連商品

And Justice for All

And Justice for All

 

 

 

 

*1:そう言いつつも、後述の通りさっぽろテレビ塔に登ってはしゃぐ私であった。JRタワー展望室もそのうち行きたいと思っています。ミーハーでごめんなさい!

*2:とはいえ、元々演武場が位置していた場所からは移転されてはいます。

http://sapporoshi-tokeidai.jp/know/walking.phpを参照。

*3:余計な情報ですが、あべのハルカスは登ったことがあります。といっても、有料の「ハルカス300」には長蛇の列ができていたので、無料の展望スペース(16階)の方なのですが……。

*4:なお、「控訴院」の名称はフランスにおける民刑事の第二審裁判所であるCour d'appelの直訳です。

*5:名古屋控訴院は現在、名古屋市市政資料館として保存管理されています。

http://www.city.nagoya.jp/shisei/category/52-7-4-0-0-0-0-0-0-0.htmlを参照。

Welcome to Hokkaido (1):探索 札幌駅近郊

はじめに

 先週から長期出張で札幌に来ています。空き時間や終業後に少しずつ撮り溜めた写真がありますので、整理がてらコメント付きで振り返ってみようと思います*1

新千歳空港

 北海道は私にとって未踏の地。北海道初上陸ということで、フライト前夜から当日の朝にかけては遠足前夜のごとくワクワクしていたのですが、フライト自体はあっという間で、機内で寝ていたら着いてしまいました。座席も窓際が取れなかったので、機内モニターを通じてしか雄大な自然を見ることができず、少し惜しいことをしました。こんな風に飛行機の中まで楽しみ尽くそうとするのって、変ですかね?

 ともあれ、約1時間半で羽田空港から新千歳空港に到着。“Welcome to Hokkaido”の看板が私を出迎えてくれました(今回のタイトルはここから取っています)。にわかにテンションが持ち直します。

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 空港ロビーからJR千歳線新千歳空港駅へ移動すると、急に冷気が。この感じは昨年12月に青春18きっぷで仙台に帰省する途中、JR東北本線福島県を通過する間に各駅でドアが開くたびに経験したあの底冷えに似ています。先週末は日中18~19℃を記録した札幌ですが、今週に入って再び冷え込みまして、最高気温6℃という日もありました。勿論、もう氷点下を記録する厳冬ではないので、仙台出身者としてはそれほど辛くはありません。東京から2ヶ月、仙台から1ヶ月、春の到来が遅れていると言えばよいでしょうか。

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JR札幌駅

 快速エアポートに揺られること36分、札幌駅に到着しました。概観が何となく博多駅を彷彿とさせるのは気のせいかしら。

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 札幌駅から通じる地下歩行空間は圧巻です。地元の方には特に物珍しくもないかもしれませんが、札幌駅~大通駅~すすきの駅を地上に出ることなく歩けるのは、シェルター生活を余儀なくされた近未来みたいな世界観で度肝を抜かれました。冬は氷雪に閉ざされる札幌において、この暖房の効いた広い地下空間は死活問題なのでしょう。「地下通路を通っていけば梅田CLUB QUATTROまで濡れずに行けるね」とは真剣さのレベルが違います。北海道大学方面の札幌駅北口の扉も自動ドアではなく重いガラス戸だったため、雪国仕様なのかと推測しました。地下空間直結のグルメも少しずつ開拓*2していけたらいいなと思います*3

 アピア、エスタ、パセオ、札幌ステラプレイスという4つのショッピングセンターも札幌駅の地下空間から直結のため、とても便利です。出張に来て早々にメガネがぶっ壊れた(下掲ツイート参照)のですが、アピアZoffがあって良かった……。流石に日本第5位の人口を誇る大都市だけあって、日用品の調達やトラブルシューティングには困りませんね。仙台の株がますます下がっていく……。

北海道庁旧本庁舎

 さて、先日は北海道庁旧本庁舎を見学して参りました。開館時間は8:45~18:00で、入館料はなんと無料! こんなことがあっていいのか!

 「赤れんが庁舎」の名前で親しまれる通り、アメリカ風ネオ・バロック様式の美しい建造物です。大阪市中央公会堂といい、岩手銀行旧本店本館といい、どうも私はこの色味と建築様式が好きなようです。

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 旧本庁舎には、開拓使の徽章である赤い五稜星があしらわれています。この建造物が開拓使によって建てられた証左です。サッポロビールの星マークもこの五稜星が元になっています*4

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 旧本庁舎をぐるりと時計回りに一周。

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 現在の北海道庁舎は旧本庁舎のすぐ西側にあります。仕事帰りの地方公務員がぞろぞろ札幌駅に向かって行進してきたので、写真を撮るタイミングが難しかったです。それほど旧本庁舎が札幌市民の生活の中に溶け込んでいるということでもあるのですが。

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 以下、旧本庁舎の内装を何枚か掲載します。正直、一度はこんな建物の中で仕事をしてみたいものですが、この建造物が外国人の力も借りながら「大日本帝国」のフロンティアを開拓する拠点として建てられたものであり、蝦夷地の先住民族を踏みつける象徴であり続けたことを思えば、単純にレトロ建築ロマンに浸るわけにもいかないので、複雑な気持ちです。美術史の専門家が研究対象とどのように距離を保っているのか、機会があれば尋ねてみたいと思いました。

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 歴代開拓長官・札幌県令・北海道長官の執務室です(現在は「記念室」という名称で保存・管理されています)。壁には歴代長官のリストと肖像が掛かっています。そして、リストを見れば一目瞭然ですが、明治初期から中期にかけての長官・県令の出身地は鹿児島(=薩摩)、高知(=土佐)、佐賀(=肥前)、京都に集中しており、明治新政府の藩閥ぶりが窺われます。アジア太平洋戦争後に至るまで北海道出身の知事が誕生することはなかったという事実が、北海道という地方公共団体の「従属的」地位を明らかにしていると言っても過言ではないでしょう*5

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 お、お前は……北方領土エリカちゃん北方領土エリカちゃんじゃないか!

 旧本庁舎二階の「北方領土館」のパネルにエリカちゃんが印刷されているということは、北海道庁北方領土問題対策協会の政治主張に同調していると看做されてもおかしくないわけですが、現首相が「私の世代で、この問題に終止符を打つ」と発言して、ロシアの法律の下での共同経済活動に合意した件(下掲ツイート参照)についてはどう考えているのでしょうか。正直、気になります。

 このように、ガイドブックの冒頭に掲載されているような有名な観光資源にも政治的メッセージが隠されているわけで、政治に無関心ではいられても無関係ではいられないということがよく分かります。こうしたメッセージを読み解き、解きほぐしていく一助になれれば……というささやかな願いもこのブログを運営するモチベーションだったりします。

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 ここまで色々と考えを巡らせてきて、さしたる結論もなく放り投げることに無責任さを感じてはいますが、最後はフォトジェニックな視角から締めます。

 花壇が整備され、花が咲き乱れる季節に、また訪れたいものです!

 (2017年4月30日追記:続編を書きました。こちらからどうぞ)

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Appendix

 すすきのは、昼も夜も最高です。最・高・です!

 今後もじっくりとすすきのの実力を見定めていきたいと思いますね。

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*1:なお、今回の写真は数日にわたって撮影したものを一度にまとめているので、空模様が異なったり時間帯が前後したりしています。記事は時系列順で書いていますが、その時々にリアルタイムで撮影したものではないことを予めご了承下さい。

*2:北海道だけに。

*3:飯テロについてはツイッターの方で随時行っていきますので、そちらをご覧ください。

*4:http://www.sapporobeer.jp/company/history/を参照。

*5:念の為に書いておきますが、私はウォーラーステインの熱狂的な「信者」だというわけではありません。

原敬『でたらめ』を読む(3):原の大阪観(1)

前回のおさらい

rasiel9713.hatenablog.com

 今回の記事では原敬の大阪観を探る。既に述べた通り、原は『でたらめ』を執筆しているとき、大阪毎日新聞の編集長の職位にあったが、あくまで彼は盛岡出身の「東人」であることには注意が必要だ。原の大阪観には余所者としての外部からの視点が表れていると思われるため、彼の透徹した観察眼とやや陳腐な偏見の双方に目を配りつつ、『でたらめ』を縦横無尽に駆けていくことにしよう。これは仙台出身の「東人」である私自身の関心でもある。

 なお、本連載を最初から読みたい方はこちら

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原敬『でたらめ』を読む(2):外国人との交際

 前回のおさらい

rasiel9713.hatenablog.com

 今回の記事では、外国人との交際というトピックを取り上げる。内地雑居が始まろうとしていた時代に、原敬はどのようなことを考えていたのだろうか。

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原敬『でたらめ』を読む(1):西欧近代との対峙

はじめに

 去る3月26日、私は盛岡を訪れた。その詳細については以下のTogetterまとめを参照していただきたいが、今回話題にしたいのは、道中で立ち寄った原敬記念館で購入した『でたらめ』という書籍だ*1

togetter.com

 『でたらめ』は、盛岡出身の政治家で「平民宰相」として人口に膾炙した原敬が、大阪毎日新聞の編集長を務めていた時代に「でたらめ記者」のペンネームで執筆したエセーで、ジャンル的にはマナーに関する「ハウツー本」にあたる。発行は明治32年(1899年)8月だから、時期的には日清戦争日露戦争戦間期で、まさに日本の産業革命が本格的に進展し始めた頃ということになる。

 原敬はこうした世相の変化の中で『でたらめ』を著した。『でたらめ』の趣旨はその緒言で明らかにされているため、以下に全文引用する。なお、旧字体や旧仮名遣いについては適宜現代のものに改めた。

 維新以来朝となく野となく泰西の文物を模擬して所謂長を取り短を補ふの説は全国を風靡して、遂に今日の新日本をなしたることとなるが、政治法律の喧ましき議論は姑く措き、日常目に触れ耳に聞く所の事物は、今猶ほ変化の時代に在り、今後又如何に変化するか実に予測すること出来ぬ次第なれども、新条約は遠からず実施せらるべく、内地雑居も同時に行はるることとなりたれば、一から十まで欧米の真似するにも及ばずと云ふ人もあらんが、去りとて頑固に旧慣を維持せんとの論には何人も同意せざるべし、依て吾輩は斯くもありたらんには如何と思はるるままを記して、甚だでたらめながら敢て世人の教を請ふこととなせり*2

  原敬はこのように述べて、急進的な貴族的欧化主義と意固地な国粋保存主義の両極端を否定した上で*3、自分なりに西欧近代と対峙し、それを乗り越える道を模索することを宣言している。さて、ここからは、私が『でたらめ』の中で興味深いと感じた論点をいくつかピックアップして紹介し、それに続けて簡単なコメントを付すことにする。即ちこれは、嘗て西欧近代と対峙した明治のジャーナリストと私が対峙するという入れ子構造の対峙の試みである。

*1:なお、この書籍は一般流通しておらず、現在原敬記念館の物販コーナーでしか購入することができない。

*2:『復刻 でたらめ(原敬著)』盛岡市原敬記念館、2004年、1-2頁。

*3:前者の例としては井上馨の所謂「鹿鳴館外交」や大隈重信大審院政策に顕著な上からの欧化を、後者の例としては岡倉天心フェノロサによる東京美術学校の創設などを念頭に置けばよいと思われる。

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満開の夜桜

 千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れてから早一週間が経過し、とうとう千鳥ヶ淵緑道の桜が満開を迎えた。しかし、人間は酒の前には無力である。ブルーシートを広げて酒や食べ物に舌鼓を打てば、「花見」とは名ばかりの大宴会の始まりである。下戸の私も一週間前の懸念はどこへやら、雰囲気に酔いしれて物狂い。ふと周りを見渡せば、あの静まり返っていた緑道は嘘のよう、今やブルーシートがあちらこちらに敷き詰められて、あちらこちらで飲めや歌えやドッタンバッタン大騒ぎ。これを定式化するなら「ぜんぶ、桜のせいだ」といったところか。

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 ライトアップされた桜並木の美しさに興奮して、思わず手ブレしてしまった。手ブレ補正カメラが欲しくなる。

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  夜桜を美しく写真に収めるためには、夜景撮影向けのそれなりの装備を整えないといけないのだろう。それはそうと、何かとカメラを構えてしまう私は、ファインダー越しの世界に囚われているのかもしれない。本来、景色というものは心のシャッターを切って目に焼き付けるものだ。あの場で確かに撮影した桜の写真を自宅で見返しても、あの桜が再び顕現するわけではない。それなのに「上手いアングルと光加減で綺麗に撮って記録に残したい」という欲望はとめどなく湧いてくるのだ。だから、夜桜は凡夫たる私を試しているとすら考えてしまう自分がいる。夜桜や、嗚呼夜桜や、夜桜や。次にお前を見るとき、私は一体どうなっているだろうか?

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  さて、今年は旧古河庭園の枝垂れ桜、六義園の大名枝垂れ桜、千鳥ヶ淵緑道の桜並木と、例年になく桜を何度も楽しむことができた。ここまで文字通りの「花見」を楽しんだのは今年が人生で初めてかもしれない。しかし何となく、まだこの程度では終わらない気がする。爾後北上していく桜前線と共に、私も北へ飛んでいきたい。そんなことをぼんやり考えながら、夜は更けていくのであった。

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六義園の大名枝垂れ桜

枝垂れ桜ウォッチング

 ここ数日、桜キチガイみたいになっております、Rasielです。「桜、エスプレッソ。」で「桜色クレッシェンド」な永野愛理さんの影響ではないです。

 本日は一年ぶりに、駒込にある六義園の大名枝垂れ桜を観て参りました。

 去年は「枝垂れ桜と大名庭園のライトアップ」を観に行ったのですが、今年は夜間に足を運ぶ余裕が無いため昼間を選択しました。休日ということもあって、相変わらずの大混雑。しかし、私には先日旧古河庭園で入手した「園結び」チケットという強い味方が! これのおかげで長蛇の列に並ばずに入場できたので、オススメです。

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 今年の大名枝垂れ桜は寒さのせいか上半分の花芽の数が少なく、去年に比べるとボリュームは少し劣ります*1。「あれ、こんなに禿げ上がっていたか?」と去年のカメラロールを思わず確認(去年の様子については後掲)。

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 ただ、そうはいっても下から見上げたり、接写したりすると大迫力であることに変わりはありません。見事な咲きっぷりです。

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 全体像を別角度からもう一枚。

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 なお、吟花亭の枝垂れ桜に至っては、もっと残念な感じ……。 

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その他の風景

 去年は夜間のため撮影を断念した大泉水。何となくゴルフ場の池みたいだなと思いました(台無し)。

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 腕を組んで橋を渡る男女が個人的にいい画だったので、勝手に被写体に*2

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参考:去年の枝垂れ桜の様子

  次こそ昼間に、ボリューム満点の枝垂れ桜に圧倒されたいものです。ともあれ、これほど短期間に桜を観過ぎると、今度の千鳥ヶ淵での花見会までに食傷気味になってしまうかもしれませんね。いま、私は筆舌に尽くし難い贅沢を享受しているのではないかしら!?

Appendix

 こんなん泣いてしまう。(2017年4月8日追記:知り合いから「サンリオの担当者が書いてるだけの薄い内容に感動してどうする」というお叱りを受けてしまった。正論なのだがなかなか厳しい……)

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*1:そのため、今年は当初4月2日で終了予定のライトアップを6日まで延長する措置が取られています:https://www.tokyo-park.or.jp/announcement/031/detail/37328.html

*2:男が40代後半~50代前半、女が20代後半~30代前半に見える年の差カップル(子連れではない)だったので、不倫か後妻かと邪推してしまったのは内緒。