蛮族の本懐

Ne quid nimisというモットーに抗うための試み。

Welcome to Hokkaido (4):笑撃/衝撃 札幌市南区

前回のおさらい

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突然ですが、クイズです

 まずはこの写真を御覧ください。どこか分かりますか?

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ヤマハ・TOURING SEROWを購入しました

はじめに

 こんにちは。新人ライダーのRasielです。既にTwitterでも報告したのですが、先日普通自動二輪免許を取得しまして、ヤマハTOURING SEROWを30回払いのバイクローンを組んで購入しました。教習所に通い始めて約3ヶ月、今までの人生の中で最も高い買い物となりました。10年付き合っていく勢いでメンテナンスをしていきたいと思います(さっそく2回立ちゴケしたのは内緒)。

 私がオートバイに興味を持つきっかけとなったのは、TVアニメ『ばくおん!!』でした。当初はタイトル的に『けいおん!』のパクリアニメなのかと思っていたのですが、予備知識無しで見てみたら見事に私好みの頭のおかしいアニメで、Blu-rayも全巻揃えてしまうほどにハマってしまいました*1。とはいえ、まだ一度もオートバイに乗ったことのない私にとって、『ばくおん!!』は頭のおかしいアニメではあっても、ライダーを唸らせるこだわりのアニメではありませんでした。

 上坂すみれが好きなヲタクが必ずしもロシア語を勉強し始めたり、ロシア語を第二外国語として選択したりするとは限らないのと同様に、『ばくおん!!』にハマることと普通自動二輪免許を取得することの間には大きな開きがあります。費用、家族や友人の理解など、様々な困難を乗り越えた人間がオートバイに乗れるのだと思います。危ないから自動車に乗るなと言う人はあまり見たことがありませんが、危ないからオートバイに乗るなと言う人は沢山います。私の父も、母に反対されてオートバイを諦めた人間です。私の母は「血は争えない」と私の教習所通いを渋々認めてくれましたが、実際に乗ってみて思うのは、オートバイに乗るということは周囲の人間の信頼を背負って乗ることに他ならないということです。「バイクはバカにしか乗れん」という天野恩紗の台詞は、イキりライダー同士の「俺等って変わり者だよな」的なコミュニケーションでしかありません。私はスピード狂でも走り屋気取りでもありませんが、事故を起こした時に悲しむ人間の存在を常に念頭に置きながら、ライダー生活を送っていきますね。

 辛気臭い話はさておき、最終的に免許取得へ向けて私の背中を押したのは、札幌への長期出張が決まったことでした。札幌→北海道→夏の北海道はツーリングに最適という安直な連想で、来札翌日には以前から目星をつけていた自動車学校に入校手続を済ませてしまいました。後先を考えない行動力(!)で、私はライダーの道に足を踏み入れました。教習車が引き起こせない!から始まり、大雨の中の教習でずぶ濡れになったり、一本橋から落ちたり、スラロームパイロンに突っ込みまくったり、前のオートバイが急ブレーキを踏んだせいで立ちゴケしたり……。苦い思い出は沢山ありますが「申し込まなければよかった」と後悔の念に襲われたことは一度もありませんでした。慣れない環境、新しい職場の二重苦に苛まれる中で、オートバイが心の支えになっていたのだと思います。仕事も教習もやることは同じ。課題を一つずつ乗り越えて、卒業検定も無事一回で合格することができました*2。これから北海道はツーリングに最適な爽やかな夏を迎えます*3。オートバイと共に残暑まで駆け抜けていきましょう! 

なぜTOURING SEROWなのか?

 オートバイ選び、特に「最初の一台」選びは新人ライダーを悩ませるものです。「最初の一台」は比較対象がないから、性能などを気にせずフィーリングで選べ! という意見もあるようですが、購入後に「こんなはずじゃなかった……」と後悔して、乗らなくなってしまっては最悪ですので、私はインターネットや口コミなどで情報収集をして選びました。また、「百聞は一見にしかず」ですから、ディーラーに足を運んで実際に跨がらせてもらったりもしました。色々と悩んだ挙句、私は最終的にヤマハのTOURING SEROWを「最初の一台」に選びました。それでは、なぜTOURING SEROWなのか?*4

 『ばくおん!!』のキャラクターでは天野恩紗推しだから……という冗談はさておき、SEROW250に実際に跨った時のフィーリングが最大の買い要因でした。結局フィーリングかよ!という話になってしまいますが、私はディーラーに足を運ぶ前まではドラッグスター250に惹かれていたので、このフィーリングというのは雑な第一印象とイコールではありません。ドラッグスター250は実際に跨ってみると正直乗り心地が悪く、シート高も低いためステップを擦りそうだなと怖くなりました。デザインだけで言えばドラッグスターが最も琴線に触れたのは間違いありませんが、私の実力で扱いきれる気がせず諦めました。また、ついでに跨がらせてもらったスポーツタイプは乗降車時の足上げ角度と乗車時の前傾姿勢がきつく、私向きじゃないと考えました。このようにライバルが次々と脱落していく中で、「あれ?意外に乗りやすいんじゃない?」と思わせてくれたのが、当初は見向きもしていなかったSEROW250だったというわけです。そして、ツーリング仕様にカスタムされたTOURING SEROWとして組んでもらうことにしました*5

 オートバイの好みは十人十色。ここで私が書いたことはあくまで私見です。どの人にも必ず心に響く一台が見つかるはずなので、これから免許取得とオートバイ購入を検討している人は今のうちから沢山悩んでおくといいと思います!*6

TOURING SEROW 外観

 購入記念に、TOURING SEROWの写真を何枚か貼っておきます。

 カラーはホワイト/オレンジを選びました。

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 ハンドルの前に付いているのがブラッシュガード(追加パーツ)。

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 アドベンチャースクリーン(追加パーツ)。メーターはデジタル仕様。

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 サスペンションもバッチリ利いており、足付きも問題ありません。

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SEROW250の特性

 普通自動二輪の教習は普通自動車と異なり路上教習がありません。従って、オートバイを店頭で受け取ってから家に帰るまでが初めての公道走行ということになります。直帰するのは流石に怖いので、ディーラーの方のご厚意に甘えて20kmほどテスト走行をしました。その後、家までディーラーの方に先導していただき、家で一休みした後で岩見沢の野外フェス「JOIN ALIVE 2017」に出掛けました*7。購入初日から無茶なスケジュールでしたが、一日で130km近く走行したおかげでSEROW250(および公道)の特性の一端を垣間見ることができました。

発進時にアクセルを使わないとエンストする

 SEROW250に限った話ではないかもしれませんが、教習車のホンダCB400SFと異なり、発進時にアクセルを使わずにクラッチを繋いでいくとすぐにエンストします。テスト走行時、信号待ちから発進する際に何度もエンストしました。クラッチを切ったままある程度アクセルを開けて、回転数を上げてからクラッチを繋がないと、速度不足でガクン、ガクン、エンスト!となります。また、渋滞などの低速走行でもエンストを起こしやすいので、クラッチを適度に切っておく必要があります。停車する際にもクラッチ操作が遅れるとすぐにエンストします。

アチェンジは充分に速度を上げてから行うべし

 教習では「発進したらすぐにセカンドギアに入れる」と教わりましたが、これをSEROW250でやると車体がガクガク揺れて危ないですし、最悪エンスト、立ちゴケします。発進後、25km/h~30km/hくらいまでローギアで引っ張ってからアクセルを戻してセカンドギアに入れる、40km/hくらいまでセカンドギアで引っ張ってからサードギアに入れる……といったように段階的にギアチェンジを行わないとうまく走れません。今までどうしてオートバイが「ブーン、ブーン、ブーン」と断続的な音を鳴らして走っているのか分かりませんでしたが、実際に乗ってみてすぐに理解しました。音が止むのはアクセルを戻してギアチェンジをしているからなのですね。バスに乗った時、発進後に2~3回ガクンと速度が落ちる瞬間があると思うのですが、あれと同じです(普通自動車免許AT限定並の感想)。

車体が軽いので横風に煽られやすい

 SEROW250は130kgとオートバイの中では軽量級です。教習車のCB400SFは200kgくらいありますから、それに比べれば引き起こしや取り回しは容易です。しかしその分、SEROW250は横風の影響を強く受けるオートバイです。60km/h以上になると受ける風がますます強くなり、車体が左右に振られて少し怖いです。特に橋の上は強風が吹いていることが多く、頻繁にバランスを崩しそうになるので、速度を落として走行する重要性を再確認しました。

意外に坂道発進はアクチュアルなテクニックである

 公道は平坦なように見えて微妙に傾斜がかかっているところが沢山あります。リアブレーキをかけていないと自車が少しずつ後退していく場面に何度も出くわしました。SEROW250の場合、タコメーターがついていないため、エンジン音で回転数を何となく把握する必要があって最初は焦りました。リアブレーキをかけていれば絶対に後退することはないので、落ち着いてローギアで発進すればOKなのですが、頭で分かっていても最初は慌てますよね。見るからに急勾配だ!という路面でなくとも、坂道発進のテクニックは使い所が多いことを知りました。

おわりに

 他にも感じた点は色々ありますが、これ以上御託を並べるよりはオドメーターの距離を伸ばした方がいいと思うので、本日もこれから走りに行ってこようと思います。電車、高速バスに引き続き第3の移動手段を手に入れた新人ライダーの今後の旅行記にご期待下さい。よろしくお願いします!

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*1:教習所に通い始めてから原作の漫画もKindleで揃えました。

*2:一緒に卒業検定を受けた外国人の青年が一時不停止で即刻検定中止になっていたのを見て、公道で重要なのはライディング・テクニック以上に法規走行だよなと痛感しました。実際に公道を走ってみても「止まれ」で止まらないのは事故の元だと思うシーンが何度もありましたので、今後も交通法規や標識は遵守を徹底していきます。

*3:とはいえ、北海道もここ10年ほどは「蝦夷梅雨」と呼ばれる雨の季節を経て、内地と殆ど変わりのない高湿度の猛暑に見舞われるようになってきたようです。お盆を過ぎれば、湿度が下がってカラッとした北海道特有の残暑が訪れるようですので、8月下旬から9月末までオートバイで走れるうちに走り倒したいところ。

*4:一つ前段階に「なぜヤマハなのか?」という問いもありますが、本筋からは外れるのでこの註で補足しておきます。まず、海外メーカーは故障時の対応や資金の問題に鑑みて選択肢から外しました。そうすると必然的にホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキの国内4大メーカーの中から選ぶことになります。ここからは消去法です。1. 『ばくおん!!』の悪影響で現実とフィクションの区別がつかなくなっていた(!)私は、スズキをデザイン面から忌避しました。2. カワサキは「速いバイク」というイメージが強く、ツーリングを主目的と考えたときに尻込みしました。私の父の知り合いのカワサキ乗りからは「カワサキはいいぞ」と言われましたが、天邪鬼な気持ちもあり選択肢から外しました。3. ホンダは「優等生」「シェア最強」のイメージが強く、単純に心理的要因だけで後回しにしました。はい、ヤマハだって優等生だろ!というツッコミ待ちです。

*5:今思えばこの決断は正解でした。購入初日に早速2回立ちゴケをかましたので、ブラッシュガードがなければハンドルやクラッチレバーを損傷していたでしょう。ブラッシュガードには擦り傷がつきましたが、この程度で済んでよかったと安堵しています。立ちゴケを起こさないように今後は注意します。

*6:免許取得前にディーラーで免許取得費用サポートのエントリーを済ませておくのが賢いやり方です。例えばヤマハの場合はGET! LICENSEキャンペーンをやっています。

*7:目当てはPassCodeでした。行きは何度も道に迷い、途中で給油ランプが点灯したこともあって3時間、帰りは2時間かかりました。翌日は大雨警報が発令されて外出を控えたため、通し券18,000円を買っておきながら、忘れらんねえよ、Survive Said The Prophet、PassCodeの3組しか見られなかったという勿体無い展開になったのもいい思い出です。

Trip to Hakodadi (7/完):生憎の最終日

前回のおさらい

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Trip to Hakodadi (6):追憶の三日目 後篇

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Trip to Hakodadi (5):追憶の三日目 前篇

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前回のおさらい

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Welcome to Hokkaido (3):散策 中島公園

前回のおさらい

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初心忘るべからず ~改めての御挨拶~

 “Welcome to Hokkaido”シリーズも、“Trip to Hakodadi”シリーズ(未完)のために中断を余儀なくされ、気付けば前回更新から1ヶ月が経過してしまいました。だんだん“Welcome to Hokkaido”感がなくなりつつある……と思われるかもしれませんね。実のところ、私も本連載を再開する目処がなかなか立っていませんでした。しかし、5月20日~21日にかけて所用で1ヶ月ぶりに東京を訪れ、人混みと蒸し暑さに辟易したことで気持ちが固まりました。新千歳空港に帰り着いた私を再び“Welcome to Hokkaido”の看板が迎え入れてくれたとき、私の“いま”の居場所はここ(=札幌)なのだと再確認できたのです。初めて新千歳空港の看板に「ようこそ」と出迎えられた初心に立ち返り、札幌初心者としてこの街をもっと知っていかなければならないと思いました。そんなわけで、“Welcome to Hokkaido”シリーズ再開です。

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札幌のオアシス 中島公園

 今回は大通公園・すすきのから更に南下して、中島公園に行ってまいりました。約21ha(東京ドーム約4.5個分)の面積を有する中島公園は水と緑溢れる、まさに札幌のオアシスで、紅葉の名所としても有名です(見頃は10月中旬~11月上旬)。2017年5月28日、天気は生憎の小雨ですが、それでは出発です。なお、中島公園の魅力については『たびらい北海道』の「達人指南 中島公園 緑と文化あふれる札幌のオアシス」という記事に詳しいので、併せてお読みください。

 地下鉄南北線中島公園駅から出発してすぐに突き当たるのが、しょうです。池の向こう側に見えるのは藻岩山。曇天なのが残念ですが、これはこれで落ち着いた佇まいではないでしょうか。こうして菖蒲池を眺めていると、都会にいることをすっかり忘れてしまいます。歓楽街・すすきのに隣接する形で自然公園が維持されているのも札幌ならでは。雨上がりの澄んだ空気が散歩を捗らせます。

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 紅葉の季節に来たら菖蒲池も色鮮やかに彩られるのでしょうが、園内では季節ごとの花も楽しめるので、いつ来ても目の保養になります(と言いつつ、花の名前には詳しくない私)。また、園内には植物を一眼レフで接写している綺麗な女性の方もいましたが、通報されたくなかったので声はかけませんでした……。

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八窓庵

 子ども人形劇場「こぐま座」を通り過ぎて直進すると、日本庭園に行き当たります。この日本庭園の中にひっそりと佇むのが八窓庵です。八窓庵は江戸時代初期の茶人・小堀遠州が長浜(滋賀県)に建てたと伝えられる茶室で、紆余曲折を経て1919年に札幌に移築され、改修を経て今に至っています。江戸時代初期の貴重な遺構に札幌でお目にかかれるとは思いませんでした。

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 私は滝やせせらぎの音が好きです。水の流れ落ちる音を聴いていると無心になると申しますか、日頃の雑念が洗い流されていくような感覚が心地よいのです。私はどちらかといえばインドア派だと思いますが、機会があれば「日本の滝百選」巡りをしてみたいと思う程度には、滝に不思議な魅力を感じています。

 ところで、滝の音を聴いていると尿意を催してしまう、なんて話があった気がしますが、私が滝の音にこだわるのは「おしっこマニア」(リンク先音量注意)だからではありません、あしからず。ともあれこの中に1人、妹がいる!は最高の櫻井孝宏アニメなので、是非ご覧ください。ミステリーを楽しむうちに、櫻井孝宏の妹になりたい人生だったと思えるはず。

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※参考ツイート

 八窓庵の外観(内見は不可)。

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 紅葉の季節に来たらさぞかし美しかろう……と思わせるモミジのシルエット。

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豊平館

 さて、八窓庵が佇む日本庭園に隣接するのが、白とウルトラマリンブルーのコントラストが爽やかで優美な印象を与える豊平館です。今回の中島公園散策も、親戚から「豊平館はいいぞ」(大意)と勧められたのがきっかけでした。

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 豊平館開拓使による洋造ホテル建築の貴重な遺構です。1880年11月に竣工した後、明治天皇北海道行幸あんざい所として1881年8月30日に開館、1885年には宮内省の所管となり、1922年に宮内省から札幌市に下賜されました。1958年に北1条西1丁目から中島公園内に移築され、2012年3月まで市営結婚式場として利用されました。そして、4年にわたる改修工事を経て2016年6月20日に新装開館し、現在に至っています。

 なお、豊平館正面中央部のアーチ状の屋根の上には、北海道庁旧本庁舎札幌市時計台と同様、開拓使の徽章である赤い五稜星が輝いています。私はこの徽章を目にするたびに札幌が開拓使の街であることを認識させられるのですが、開拓使の設置からおよそ150年が経過した現在、赤い五稜星は当初の意味を失ってすっかり札幌のトレードマークと化したかのような扱いを受けています。しかし、文字通り「開拓」の拠点を示していた徽章が、札幌ならではの記号として定着したのだとすれば、その過程にこそ明治新政府の支配体制を忘却させる政策が介在したと言わざるを得ません。札幌においては、現在も「中心と辺境」という構造が維持されているにもかかわらず、中心へ同化していくような空気感だけは醸成されていると感じます。この点について、札幌に住んでいる私の親戚が「札幌は運ばれてくる東京の空気を受け入れて発展したけれど、札幌発の何かというものはまだまだ少ない」とコメントしたのは印象的でした。開拓使による洋造ホテルが札幌市民の集いの場として利用されてきたという事実に、開拓使の爪痕の大きさを看て取るのは大袈裟でしょうか?

 いずれにせよ、豊平館が新装開館後初めて迎える春に立ち会えたのは感慨深いものがあります。豊平館は現在も貸室を行っており、洋造ホテルの遺構と現役の公会堂という二重の性格を有しています。こうした歴史と現在の交錯(または混濁?)が、札幌を「面白い」街として私に認識させて仕方ありません。

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f:id:rasiel9713:20170528144056j:plain 最後に、豊平館の内装写真を掲載して本記事を締めたいと思います。ゴールデンウィーク旧函館区公会堂を内見したときも思ったのですが、この手の広間は人で賑わっていないと画になりませんね。静まり返った大広間はまさに画竜点睛を欠いていると感じました。結婚式でもコンサートでも何でも構わないのですが、沢山の人で埋め尽くされ、賑やかな声が響いて初めて、豊平館には魂が吹き込まれるのでしょう。そんなことをぼんやりと思いながら、中島公園を後にした日曜の昼下がりなのでした。

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Trip to Hakodadi (4):沈思の二日目 後篇

前回のおさらい

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コラム ~五稜郭陥落す~

 今回は与太話から始めます。前回の記事で五稜郭を取り上げましたが、五稜郭と言われるたびに私が思い出すのは(もう数十年前のことですが)母の浪人エピソードです。私が幼少の砌から何遍も聞かされてきた話なので、この場を借りて共有(=ブログのネタに)しようと思います。

 私の母は小学校の頃から学校教員になるのが夢で、高校卒業後は教育大学へ進学したいと考えていたそうです。しかし、母は共通一次試験(センター試験の前身)の結果が思わしくなく、北海道出身の母は北海道教育大学札幌校の受験を断念して同大学函館校を第一志望校とすることになりました。母の家庭は所謂「転勤族」で、母自身も高校時代は秋田で過ごしていましたから、受験の際には汽車で秋田から青森まで行き、青函連絡船で函館に渡ったそうです*1

 勿論、当時はインターネットなどありませんから、合格発表は現地での掲示方式になります。しかし、合格発表まで現地に行かなければならないのは流石に不経済ということで、受験生への個別電話連絡というサービスがあったそうです。北海道教育大学函館校の場合、合格なら函館山に日が昇る」、不合格なら五稜郭陥落す」と電話口で告げられることになっていました。なんだか洒落てますよね(ふざけてるともいう)*2。もうオチが見えていると思いますが、合格発表当日に母が耳にしたのは「五稜郭陥落す」というぶっきらぼうな音声だったのでした。国立大学しか受験していなかった母は見事に浪人生となり、一浪の末、東京の私立大学に合格することになるのですが、それはまた別のお話……。

周遊 函館ベイエリア

 さて、気を取り直して函館旅行記の続きを書いていくことにしましょう。11時半過ぎ、五稜郭の桜を堪能した私は、初日から歩き通し・立ちっぱなしで疲れた脚を少しでも癒すため、五稜郭タワー前で観光客を今か今かと待ち構えるタクシーに乗り込み、一旦宿泊先まで戻ることにしました。私が「中央病院前まで」と伝えると、運転手は「中央病院ってあの中央病院ですか!?」と少し驚いた様子。そりゃそうだ、ゴールデンウィークのど真ん中にわざわざ中央病院前で降りる観光客もいないでしょう。

 続けて私が「凄い混雑ですね」と話しかけると、運転手は「例年こんなものです」と冷ややかな対応。タクシーはやや気まずい沈黙の中、道道571号を南下して道道83号に入っていきます。するとどうでしょう、五稜郭周辺の大混雑と大渋滞が嘘のように、目抜き通りはガラガラです。これは函館滞在中にずっと感じていたことなのですが、観光スポットはどこも観光客で大混雑なのに、少し住宅街に入ったり裏路地に入ったりすると、人の気配がまるでなくなるのは不思議です。あれだけの人数がどこに収容されているのでしょうか。湯の川温泉の旅館? 函館駅近郊のホテル? あるいは少し足を伸ばして大沼プリンスホテル? いずれにせよ、中央病院前駅の近郊は函館市電のガタゴトいう音を除いては静かな地区で、三日間あずましく過ごすことができました。

 宣言通り(?)中央病院前でタクシーから降り、宿泊先に辿り着いた私は、ベッドに倒れ込むようにして1時間半ほど仮眠をとりました。仮眠から覚醒し、少しだけ元気を取り戻した感覚を得た私は、再び函館市電に乗り込んで函館港方面へ。二日目の午後、最初の目的地は元町の北側に位置するベイエリアです。

函館ラッキーピエロ ペイエリア本店

 ベイエリア最初の目的地は、知り合いから勧められた「ラッキーピエロ」です。ラッキーピエロご当地バーガー全国第1位に輝いた函館のローカル飲食チェーン店です。ご当地グルメに目がない私としても是非食べておきたい!ということで行ってきました。

 けばけばしい色使いと10年以上前にニコニコ動画で流行った某ピエロより不気味な「ラッキーくん」のマークから禍々しい狂気を感じますが、そんな店頭には長蛇の列。ここでも並ぶ運命からは逃れられないようです。並んでスマホをいじっていると、前に並んでいたタイ人のカップルから「あなた英語できる? あの向かいの駐車場に停めたいんだけど、いくら払えばいいの?」と話しかけられ、何故か有料駐車場の料金体系について説明するハメに。私は東京にいた頃も外国人に道を尋ねられることが多かったのですが、なんでしょう、外国人から見て話しかけやすい雰囲気や顔(?)なのでしょうか。ともあれ函館のような観光地では、なんだかんだ英語が便利なコミュニケーション・ツールであることを痛感させられます(悔しいですが……)。

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 「ラッキーガラナ」と銘打っていますが、中身はただのガラナです。

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 30分ほど店頭に並んで、チャイニーズチキンバーガー特上(税抜440円)を注文すると、店員から「オーダーを受けてから調理しますので、1時間半後にまた来てください」と言われ、この時点で16時頃までお昼抜きが確定ゴールデンウィーク中の函館はメシにありつくのも一苦労です! つらい!

金森赤レンガ倉庫

 店頭のベンチで1時間半待つのもアホらしいので、空腹のままラッキーピエロ本店の近隣をぶらついて時間を潰すことにしました。当初の予定を入れ替えて、金森赤レンガ倉庫をベイエリア最初の目的地に設定しなおします。西波止場を通り過ぎ、函館港を臨むウォーターフロントへ歩みを進めると、並び建つ赤レンガ倉庫群が見えてきました。

 金森赤レンガ倉庫(金森倉庫群)は「明治に建てられた7棟の赤レンガ倉庫をそのまま利用した複合施設の総称」です。広大な敷地は47のショップで賑わうショッピングエリアとして再利用されていますが、数棟はなお現役の営業用倉庫として利用され続けています。この倉庫群を管理・運営するのは金森商船株式会社。金森商船のルーツは、1869年に豊後出身の渡邉熊四郎が函館で創業した「金森洋物店」に遡ります。曲尺に「森」の漢字を合わせたトレードマークは初代(渡邉熊四郎)が考案したもので、創業以来変わらずに受け継がれてきました。現在も倉庫群を訪れる人々を最初に迎えるのは、この独特のトレードマークです。

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 金森洋物店が営業倉庫業を営み始めたのは1887年のことです。1885年2月に三菱財閥総帥の岩崎弥太郎が歿すると、競合関係にあった郵便汽船三菱会社と共同運輸会社(三井財閥など反三菱勢力が共同で出資した船会社)が政府の圧力で合併し、同年9月に日本郵船株式会社(NYK Line)が成立しました。それに伴い、共同運輸会社が利用していた倉庫と土地が不要となったため、かねてより倉庫の必要性を感じていた初代(渡邉熊四郎)は1887年にそれらを買い取り、営業倉庫業を始めたのです。これが金森赤レンガ倉庫の起源となっています。

 1907年8月、金森洋物店の営業倉庫も例に漏れず、函館の大火で6棟が類焼しました。しかし、その後すぐに不燃質素材による再建が始まり、レンガ造りの倉庫が1909年5月に完成、今に至っています。私は運河を眺めながら、今度行く予定の小樽に思いを馳せていました*3。小樽も倉庫街と運河で有名な北の港町ですが、そこにはかつて日本郵船小樽支店も開かれていました。北海道に来て以来、なにかと日本郵船に縁があるなぁ(n=2)と感じています。日本の近代海運業の歴史を辿る旅というのも面白いかもしれません。

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 さて、ウィンドウ・ショッピングをしたり、式場から出てきた新郎新婦を眺めたり、広場で奏でられる音楽に耳を傾けたりしながら時が過ぎるのを待っていたのですが、ここで問題が発生。函館に出発する前に巻き爪気味の足の爪を切り忘れていたため、歩き過ぎで足の親指が痛くなってしまったのです。一刻も早く爪を切らなければならない……。そう思って近隣のドラッグストアをスマホで検索すると、金森赤レンガ倉庫の一角にドラッグストアが入っていることが判明しました。ウィンドウ・ショッピングにとどめるつもりが、結局サッポロドラッグストアー(!)で爪切りを購入するハメに。その後、倉庫の裏路地に座り込んで靴下を脱ぎ、側溝の上で爪を切ったのですが、通行人から不審者のような視線を向けられ、悲しかったです。みんな、旅行に行く前にはきちんと爪を切ろうな!

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ご対面 チャイニーズチキンバーガー

 色々とハプニングはありましたが、時計の針はそろそろ16時を指しそうです。お腹ペコペコで再びラッキーピエロへ向かうと、なぜか呼び出されている引換証の番号が私の番号よりも大きいではありませんか。慌てて店員に引換証を提示すると、どうやら注文から1時間ほどで出来上がっていた模様……。1時間半と言ったのはそっちじゃないか! なにはともあれ、もう待ちきれません。ベイエリアの喧騒を離れて食事を摂るべく、チャイニーズチキンバーガー(テイクアウト)と共に人工島・緑の島を目指します。

 緑の島とベイエリアを結ぶ橋から臨む函館港。

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 緑の島に隣接したヨットハーバー。中学生か高校生の5人組(男3人、女2人)が痴話喧嘩(?)をしていたのが印象的でした。

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 緑の島のベンチに腰掛け、芝生でサッカーをしている若者やひたすら自転車を漕いでいる幼い姉妹を眺めながら、チャイニーズチキンバーガー特上を頬張ります。分厚いバンズと大きなチキンに濃厚な甘辛のタレとチーズ。ガツンと来る美味しさが空腹にはたまりません。潮風に吹かれ、函館山を臨みながらのチャイニーズチキンバーガー体験は僅か数分で終わってしまいましたが、筆舌に尽くし難い感動がありました。美味しいものを食べてこその人生なのです……!

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 なお、市電・十字街駅への帰りがけに新島襄 海外渡航の地碑も見てきました。当時の国禁を犯してアメリカ合衆国に渡った新島も、昨今の世相においては「反日」「売国奴」扱いされるのかな、などと思いました。

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立待岬

 かなり遅めのお昼を済ませると、少し寒くなってきたので、谷地頭温泉で温まってから宿泊先へ戻ることにしました。函館市電には函館どつく前行き(5系統)と谷地頭温泉行き(2系統)の二つがあり、十字街駅で行き先が分岐します*4。本日の最終目的地は谷地頭温泉なので、乗車するのは2系統。市電・十字街駅から函館市電2系統に乗り込み、終点の谷地頭温泉駅へ向かいます。

 函館市電を降りると、このまま谷地頭温泉に直行するのも芸がないなと思い始めました。寄り道したがるのは私の悪い癖です。せっかくなので、対岸の青森県下北半島を臨む可能性に賭けて、最果ての立待岬を目指します。

 立待岬までの道中、住吉町共同墓地を通り過ぎたあたりから臨む函館市街。

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 共同墓地と石川啄木一族の墓を通り過ぎて、駅から歩くこと10分ほど。とうとう函館の最南端・立待岬に到着しました。意外に観光客がいて驚きます。

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 文字通り函館の最南端です。この先に道はありません。

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 南西方向、水平線にうっすらと見えるのが下北半島です。五稜郭タワーからも下北半島を見ることはできましたが、立待岬からはいっそう鮮明に確認できました。写真だとぼんやりとしか写っていませんが、肉眼では対岸の町並みや航行する船もはっきりと視認できます。この日は奇遇にも、大学時代の友人が下北半島を旅行していたので、私は彼のことを思い浮かべながら、遠いような近いような津軽海峡の向こう側を見つめていたのでした。

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 南東方向に見えるのは津軽半島です。いつか機会があれば、今度は青森県側から北海道を眺めたいところ(まだ青森県は未踏なのですが)。

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 立待岬の強風に吹かれてすっかり冷え切った身体を温めるべく、早足で谷地頭温泉へ。谷地頭温泉の土色のあつゆ(43℃)に浸かり、身体の芯までしっかり温まった私は、心地よい疲労感の中で二日目の思い出を反芻したのでした。

 三日目に続きます。

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Appendix

 末広町にある日本最古のコンクリート電柱。脇の看板に「マ○コ」「チ○コ」「クリ○リス」などと落書きがしてあるのが味わい深いですね。

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 大三坂下、函館市電5系統の軌道に面するヱビス商会。「雰囲気いいな」と思って衝動的に撮影しただけなので、詳細についてはよく分かりません。

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*1:秋田大学にも教育学部がありましたが、「北海道に戻りたかったのかな」とは母の談。

*2:こうした合格/不合格メッセージは各大学ごとに用意されていたようです。例えば、私の地元の東北大学の場合、合格なら「青葉もゆる」、不合格なら「みちのくの雪深し」と告げられることになっていたとか。

*3:ちなみに、私の母は小学校時代に小樽にも住んでいたことがありましたので、私にとっては、小樽訪問は母の足跡を辿る旅でもあります。

*4:湯の川温泉駅~十字街駅の間はどちらの系統も共通の区間なので、観光客が乗車の際に留意する必要は殆どありません。