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蛮族の本懐

Ne quid nimisというモットーに抗うための試み。

探訪 千鳥ヶ淵戦没者墓苑

はじめに

  数日後に、千鳥ヶ淵緑道に花見に行くことになった。千鳥ヶ淵は東京有数の桜の名所であると共に、千鳥ヶ淵墓苑と靖国神社という二つの対照的な施設が所在する場所でもある*1

 千鳥ヶ淵墓苑と靖国神社の違いについては、以下に引用する「しんぶん赤旗」の記事が簡潔に整理している。

〈問い〉 靖国神社と千鳥ケ淵墓苑は、どう違うのですか。また無名戦士の墓というのは、どういうものですか。(兵庫 T・K)

〈答え〉 東京・九段の靖国神社は、戦前は国家と宗教が結合した国家神道(しんとう)の体制下、陸軍省海軍省が共同で管理(一八八七年以後)する軍事的宗教施設でした。「天皇のため名誉の戦死」をしたものを祭神(「英霊」)としてまつり、国民に「九段の桜花と散る」ことを誓わせ、軍国主義侵略戦争推進の精神的支柱の役割を果たしました。

 戦後、この歴史の反省の上に政教分離の原則をうたった新憲法がつくられ、靖国神社は都知事認証の私的宗教法人となりました。神社という宗教施設であることは変わりません。同神社は、一九七八年、侵略戦争推進の責任者のA級戦犯が合祀(ごうし=一緒にまつられる)されるなど、軍国主義侵略戦争を美化し、憲法恒久平和の精神に反する実態となっています。欧米のマスコミは、同神社を「戦争神社」(ウオー・シュライン)と特徴づけています。日本を「戦争する国」に変えようとする勢力は、戦死者が出た場合に備え、信教の自由と政教分離の原則を踏みにじる靖国神社への首相の公式参拝、さらに同神社の国営化をねらっています。

 これにたいし、東京・千鳥ケ淵墓苑は、名前の特定できない戦没者の遺骨を納める国立の無宗教の墓苑です。戦後、政府と民間団体が海外各地で収集した戦没者遺骨のうち引き取り手のない遺骨は、厚生省が保管していました。無名の遺骨は増え続け、収納施設が必要になりました。靖国神社側は、同神社と関係のない納骨施設ができると神社の衰退につながるとして反対しましたが、五九年三月、無宗教の千鳥ケ淵戦没者墓苑ができました。現在、墓苑は、環境省が管理し、諸外国の「無名戦士の墓」(メモリアル・パーク=共同墓地)と同様の性格です。

 東京・青山の解放運動無名戦士墓の「戦士」とは「平和と民主主義を守るたたかいに参加した人」をさしており、一九三五年に建てられました。現在は、日本国民救援会が管理する革新陣営の共同の墓です。(平)

http://www.jcp.or.jp/faq_box/003/2001-06-20faq.html

 以上の整理が示す通り、靖国神社は英霊の顕彰、千鳥ヶ淵墓苑は戦争犠牲者の慰霊という対照的な性格を有している。こうした差異が各施設を訪れる参拝者の政治的傾向性を際立たせていることは、次のBuzzfeedの記事からも明らかである。 

www.buzzfeed.com

 また、千鳥ヶ淵墓苑と靖国神社の差異については、既にいくつかのエントリで言及されている。いずれのエントリも靖国神社を無造作に称揚する態度に対して批判的である*2

mugentoyugen.cocolog-nifty.com

d.hatena.ne.jp

d.hatena.ne.jp

 私も歴史的事情に鑑みて靖国神社ならびに同神社とコラボするコンテンツ*3を好ましく思わないので、靖国神社に積極的に参拝に行くことは当然しない。だが千鳥ヶ淵墓苑ならば良かろう、とは思った。東京に出てきて丸8年が経過しようとしている今、未だ訪れたことのなかった墓苑を訪れてみようかしら。花見の誘いは私をそんな気持ちにさせた。私は花見の下見も兼ねて、千鳥ヶ淵墓苑を訪れることに決めた。

千鳥ヶ淵墓苑までの道のり

  というわけで、3月30日の朝から千鳥ヶ淵近郊の散策を開始した。麹町駅を出て新宿通りを内堀通りに突き当たるまで東へ直進。桜もちらほら咲き始めていたが、今年は寒さのためか例年に比べて開花は遅めのようで、満開は4月2日頃とのことだ。

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 内堀通りを半蔵濠沿いにそのまま北上。桜は三分咲きといったところだろうか。既にブルーシートを広げて場所取りをしているサラリーマンの姿も見受けられた。この桜並木が満開になったらさぞかし壮観だろう。

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 交番を通り過ぎて右折すると案内の看板が見えてきた。

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 墓苑の入口付近には険しいコラボ看板も……。

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千鳥ヶ淵墓苑にて

 そうこうしているうちに墓苑の入口に到着。喧騒という喧騒から遠ざけられた、静かな佇まいである。私がおセンチなだけかもしれないが、しんと静まり返った苑内にはどこか悲しげな空気が漂っているように感じた。

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 前屋をくぐり抜けると、左右にそれぞれ石碑が立っている。左手には昭和天皇御製の碑があり、

  くにのため いのちささげし ひとびとの ことをおもへば むねせまりくる

と刻まれている。二・二六事件がこの千鳥ヶ淵近郊で勃発したこと、および当該事件の経過に鑑みても、昭和天皇が戦前にまさしく主権者として君臨していたことは否定すべくもないため、この歌を感傷的に受け容れることはできない。なんとも微妙な心地にさせられた。

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 右手には今上天皇御製の碑があり、

  戦なき世を 歩みきて 思ひ出づ かの難き日を 生きし人々

と刻まれている。この歌は2005年新春の歌会始の儀で詠まれたものだが、今上天皇もまさか自身が十数年後に「上皇」となるとは思いもよらぬことであっただろう。私はこの両石碑を眺めながら、君主という存在について思いを巡らさざるを得なかった。結局のところ、君主無答責の原則はまだまだ健在ということなのだろうか。

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 前屋向かって左側には、戦後強制抑留・引揚死没者慰霊碑も立っている。

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 最後に、本屋の六角堂に献花・参拝をし、休憩所で募金などを済ませて墓苑を後にした。六角堂と納骨堂を前にした時、これはみだりに撮影すべきでないものだ、という思いがこみ上げてきたため、本屋の写真はない。前掲のBuzzfeedの記事や公式サイトに写真が何枚か掲載されているため、そちらを参照されたい。

 平日の午前中ということもあって参拝客はまばらだったが、それでもひっきりなしに老人たちが献花にやってきていたのが印象に残った。献花台の一輪一輪に様々な参拝者の思いが込められていることを考えると、急にどうしたと思われるかもしれないが、襟を正さなければならない気持ちに自然となった。情けない限りだが、墓苑の静謐さは私にはまだ重すぎるのかもしれない。暫く時間をおいて再訪しよう。そう思った。

 おわりに

  帰り道、九段下駅へ向かって千鳥ヶ淵緑道を歩きながら、以下に掲げる本宮三香の漢詩のことを考えていた。

九段の櫻  <本宮三香>

至誠烈烈 乾坤を貫く
忠勇の譽れは高し 靖國の門
花は九壇に満ちて 春海の若し
香雲深き處 英魂を祭る

http://www.kangin.or.jp/what_kanshi/kanshi_A33_2.html

  いかにもわざとらしい、鼓舞するような調子なのでのけぞらざるを得ないが、この緑道のどこかで数日後に花見を挙行するのだと思うと、桜並木の(最近流行りの)「政治利用」と花見は紙一重かもしれないなぁ、などと考え込んでしまうのであった。

 桜は愛国心を喚起するために頻繁に用いられる日本的モチーフであるが、あまりに頻繁に用いられるため、私などはそろそろ陳腐に感じているところである*4。この陳腐なモチーフへの過度の依拠は日本人に限られないのであって、日本文化なるものを摂取した外国人もまた桜というモチーフに何か特別の思い入れを持つ傾向にあるように思われる。例えばオイゲン・ヘリゲルは1936年の講演録の最後で次のようなことを述べている。 

〔武士道精神の〕そのもっとも純粋な象徴は朝日の光の中に散る桜の花びらである。このようにして寂然として内心揺ぎもせずに生から己れを解き放つことができるというそのことこそ、終りが初めに流れ入るすべての生存の、唯一ではないが究極の意義を実現し、かつ開示する*5

  この過大評価には苦笑するほかないが、近年の「日本スゴイ」ブームにあっては再評価されるのかもしれない。ともあれ、数日後の花見も楽しみである。満開の夜桜の下で私は何を思うのだろうか。それもまた風まかせかしら。

Appendix

 確かにちょっと笑ってしまった。

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*1:ところで千鳥ヶ淵といえば『魔装学園H×H』の千鳥ヶ淵愛音が記憶に新しい。彼女が「帝国」の皇女であるという設定と千鳥ヶ淵という地名はモチーフの上で響き合う。絶頂改装が千鳥ヶ淵の「堀」を掘削し、千鳥ヶ淵の「土手」の桜並木を楽しむことの隠喩なのだとすれば、『魔装学園H×H』はなかなかに挑戦的な作品なのではなかろうか。

*2:右翼の側も両施設の差異を認識してはいるようである。例えば、戦友連は両施設の性格上の差異は認めながらも、「戦没者慰霊に関する国民の観念」の「二元化」や靖国神社の忘却を恐れ、墓苑の靖国神社への「移管」を切望している:http://www.senyu-ren.jp/OMOU/19.HTM

*3:【炎上】『刀剣乱舞-ONLINE-』の靖国神社コラボに中韓ユーザーから非難殺到→一部変更へ - Togetterまとめを参照。なお、『刀剣乱舞』のデザイナーは今回の靖国神社コラボ以前から問題発言をしており、既に散々批判されている:『刀剣乱舞』デザイナーの「大東亜共栄圏」発言についてのコメント(藤崎剛人氏) - Togetterまとめ

*4:ちなみに、私が桜と聞いて最初に頭に浮かぶのは「桜会」である。「千年に一度」と持て囃される「ハシカン」もいいが、たまには「ハシキン」のことも思い出してほしい。「思い残す こともなけれど 尚一度 大きなことを なして死にたし」という懲りない姿勢には、不謹慎ながらも苦笑いが出てしまう。

*5:オイゲン・ヘリゲル(柴田治三郎訳)『日本の弓術』岩波文庫、1982年、65頁。

はてなブログに移転しました

 「はじめまして」の方も「またお前か」の方も、こんにちは。Rasiel(ラジエル)でございます。

 4月から新年度を迎えるにあたり、2009年12月から始めた拙はてダ「蛇足頭脳流出」からはてなブログに引っ越すことにしました。はてダの操作性が悪いというのも移転理由の一つですが、単純に心機一転、改めてブログを始めてみようという気持ちも大きいです。

 ただ、これまでワン・トピックに限定したブログを運営したことがないので、このブログをどのような方向に持っていきたいかというヴィジョンは目下のところ欠けております。書籍やアニメ等のリヴュー、旅行記、イベント参加記などはTwitterで事足りているので、一定量のまとまった文章を一覧性の高い形で記録しておきたいときに、このブログに書き込むことになるのだと思います。

 さらに気分屋で筆不精ゆえ、更新頻度と日本語の語尾はきわめて不安定になるものと予想されますが、あまり期待せずに見守って頂ければ幸いです。「読者と共に成長するブログ」になればいいなぁ(読者なんているのか)。

 どうぞよろしくお願い申し上げます。じゃっ!(NEXT少女事件リスペクト)