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蛮族の本懐

Ne quid nimisというモットーに抗うための試み。

Trip to Hakodadi (2):翻弄の初日 後篇

前回のおさらい

 本連載を最初から読みたい方は以下のリンクからどうぞ。

rasiel9713.hatenablog.com

箱館 異国情緒 ~元町教会群を中心に~

 函館は急坂の多い街です。元々は島だった函館山砂州の形成によって渡島半島の陸繋島となったのが約5,000年前*1。それ以来、津軽海峡に向かって標高が高くなっていく独特の地形が函館の特徴となりました。そして、函館湾に面する海抜1~2mの目抜き通りから函館山の頂上へ向かう急坂の途中に、異国情調あふれる建造物が集中しているのです。

 箱館*2日米和親条約(1854年)に基づいて下田と共に開港された港湾都市です。安政の五カ国条約(1858年)締結後も、箱館は横浜・長崎と並んで自由貿易港に指定されました。こうして、箱館にはアメリカ・イギリス・フランス・オランダ・ロシアの各国船舶が停泊することになりましたが、それに伴い、急坂の途中にある元町は領事館や教会が乱立する地区として発展を遂げることになりました。今回は元町教会群を中心に、国際港湾都市箱館/函館の昔を辿っていきます。それでは、前置きはこのくらいにして、出発しましょう。

日本基督教団函館協会

 十字街駅に着くと、既に17:30を回っていました。5月の函館の日没時間は18:50と聞いていたので、函館山の頂上から薄暮の夜景を撮影するという目的を果たすためには、元町を1時間ちょっとで回らなければなりません。なかなかのタイト・スケジュールです。

 函館市地域交流まちづくりセンターを通り過ぎ、二十軒坂を少し上って、一本目の路地を右に入ると見えてくるのが、日本基督教団函館教会です。

  日本基督教団函館教会は1874年にアメリカ・メソジスト監督教会の宣教師、メリマン・コルバート・ハリス(Merriman Colbert Harris, 1846-1921)によって創立された、日本で3番目に古いプロテスタント教会です。実はクラークの要請を受けて、1878年札幌農学校内村鑑三新渡戸稲造に洗礼を授けたのもハリスですし、アメリカ留学中の松岡洋右をキリスト信仰へと導いたのも彼です。また、ハリスは函館滞在中はアメリカ合衆国領事も兼ねていましたので、外交史・知識人史上も重要な結節点であるように思われますが、この点に関する詳細な検討は本旅行記の趣旨からは外れるため行いません。

 なお、現在の会堂は1931年に再建されたもので、北海道帝国大学農学部本館や理学部本館を設計した萩原惇正の手になるものです。北海道大学も新緑の季節に訪れようと考えています。既に友人に構内を案内してもらう約束を取り付けているので、こちらも今から楽しみです。

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 八幡坂の上から臨む函館港。映画やCMなどのロケ地として有名のようですが、常識に疎いのでピンと来ませんでした……。

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旧イギリス領事館(開港記念館)

 そのまま弁天末広通を西へ歩いていき、基坂をさらに上ると左手に見えてくるのが、旧イギリス領事館です。

 イギリス領事館は箱館が国際貿易港として開港された1859年に設置され、何度か場所の移転を経ながら、1934年に閉鎖されるまで75年間その機能を果たしました。現在の建物は1913年に再建されたものですが、閉鎖までイギリス領事館として利用されていました。

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 旧イギリス領事館は現在、開港記念館として保存管理されており、300円の入場料を払って内見ができます(カフェ、ショップは入場料不要)。

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 イギリス領事館時代の門章。「神と我が法」(Dieu et mon droit)と何故かフランス語で書かれてあります。このイギリス国章を見ていると、Queenのロゴデザインを思い出すのは私だけでしょうか。

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 領事執務室(再現)。3代目領事リチャード・ユースデン(Richard Eusden)の像がいきなり現れるので、人影かと思ってビックリ! この配置に悪意を感じるのは気のせいでしょうか……。

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 家族居室(再現)。ゆっくりと見ている時間がなかったのですが、ユースデン夫人の功績や人柄もパネルで紹介されていました。

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北海道庁函館支庁庁舎

 旧イギリス領事館を後にして、さらに基坂を上っていくと、元町公園に到着します。この公園の敷地内にもいくつか函館の近代を象徴する建造物が残っています。まずは旧北海道庁函館支庁庁舎から見ていきましょう。

 北海道庁函館支庁庁舎は1909年に建てられ、1982年に公園造成と合わせて修復整備されて今に至っています。後述するように、箱館は札幌が開拓使の拠点として発展を遂げる前までは蝦夷地/北海道で最大の都市だったわけですが、箱館戦争五稜郭が陥落してからというもの、札幌を中心とする明治政府の支配構造に組み込まれていきました。このモスグリーンの建造物は、箱館戦争敗戦の記憶を引き継ぐモニュメントであるとも言えるかもしれません。また、現在この建造物は1階部分が元町観光案内所として利用されており、悲しい哉、函館の都市としての衰退(=観光都市化)を明らかにもしています。

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 旧函館支庁庁舎のすぐ隣には、旧開拓使函館支庁書籍庫があります。1880年の建造と推定されているようです。これまで紹介してきた建造物がいずれも火災を原因に再建されたものであることを思えば、類焼を免れて明治初期の姿のままで残っている有形文化財は極めて貴重だと分かります。

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 高台から見た旧函館支庁庁舎。

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旧函館区公会堂

 さて、元町公園からさらにもう一段高台へと上ると、旧函館区公会堂というハイカラな建物が眼前に現れます。

 旧函館区公会堂は函館の豪商・相馬哲平の大口の寄附によって1910年に落成した、左右対称形のコロニアル様式建築です。ブルーグレーとイエローの対照的な色使いも輪郭を際立たせていて美しいです。内部は貴賓室や大広間などがそのまま残されています(入場料300円を払えば内見も可能)。

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f:id:rasiel9713:20170503182031j:plain 2階のテラスから夕映えの函館港を臨み、爽やかな潮風を身に浴びていると、基坂を延々上ってきた疲労感もどこかへ吹き飛びそうな気がします(強がり)。

 なお、この日は貸衣装の燕尾服やドレスを着込んだカップルがテラスで記念撮影をしていました。旧函館区公会堂内の「ハイカラ衣裳館」では、衣裳一着を1,000円/20分間で貸し出しています。ということで、アイドルちゃんは函館でオフ会をやるべきだと思います! または、リリースイベントで円盤を大量に積むとスタッフ同行でデートできるというコースを用意しているアイドルちゃんを推している人は、旧函館区公会堂に連れてくればいいと思います! 背中がガッツリ開いているドレスとかもありますからね!

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遺愛幼稚園

 旧函館区公会堂から函館山ロープウェイ山麓駅へ向かうべく、東の方角へ戻っていく途中で遺愛幼稚園なるハイカラ建築に出逢いました。

  遺愛幼稚園は1895年に遺愛女学校併置の幼稚園として創立され、ここが学校法人遺愛学院発祥の地となりました。学校法人遺愛学院は前述のメソジスト監督教会宣教師ハリスが1874年に付近の子女を集めて開いた日日学校(Day School)を前身としており、現在も函館・杉並町で遺愛女子中学校・高等学校の運営に携わっています。ハリス夫妻の置き土産が今日まで連綿と息づいているという事実に直面すると、伝統とはその上に胡座をかくことのできる盤石のものなどではなく、手から手へと受け継いでいこうとする各世代の努力によって初めて維持されるものだ、という思いを新たにします。

 なお、現在の幼稚園園舎は1907年の大火の後、アメリカの篤志家の寄附によって1913年に再建されたものです。ピンクと白色が採り入れられたスティック・スタイルの建物には、上品さと可愛らしさが同居していると感じました。

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函館ハリストス正教会

 遺愛幼稚園の隣にあるのが、有名な函館ハリストス正教会です。

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 函館ハリストス正教会、正式名称「函館復活聖堂」は1859年に初代ロシア領事館の附属聖堂として建立されました。1861年にニコライがロシア領事館附属礼拝堂司祭として着任すると、この聖堂が日本に正教を伝道する最初の拠点となりました。東京にニコライ堂(東京復活大聖堂)が建立されたのが1891年であることに鑑みると、箱館の国際港湾都市としての活況がよく分かります。また、現在の聖堂は1916年にロシア風ビザンツ様式で再建されたものです(緑色の銅版屋根は1968年に改装)。

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 なお、「ハリストス」とは「キリスト」のことで、中世ギリシア語のΧριστός(=Christos)または教会スラヴ語のХристос(=Christos)をカタカナに音写したものですが、私はこうした日本正教会独特の表記法には慣れていません。言葉遣い一つで信徒や関係者の心証を悪くするのを避けたいと前々から思っていましたので、滞在二日目に函館ハリストス正教会を再訪し、仙台ハリストス正教会編『新稿 正教の手引き』(再版、1979年)ダヴィ水口優明編著『正教会の手引』(改訂版、2013年)を購入しました。いずれも一般流通はしていない非売品で、信徒向けの内容となっているので、日本正教会の立場を理解するには最適の手引書であると考えられます。まずはこの二冊を読んで勉強します

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カトリック元町教会

 函館ハリストス正教会から大三坂を下ると、カトリック元町教会があります。

 元町教会は1859年にフランスの宣教師メルメ・ドゥ・カション(本名はメルメ=カション; Eugène-Emmanuel Mermet-Cachon, 1828-1889)が仮聖堂を建てたのにはじまり、キリスト教宣教再開の先駆として横浜の山手教会や長崎の大浦教会と並んで日本最古のカトリック教会の一つです。現在の大聖堂は1924年に落成したものです。

 元町教会についても、滞在二日目に再訪のうえ内部を見学して参りました。内部撮影禁止のため写真はありませんが、キリストの受難を視覚的に理解させる仕掛けが数多く飾られており、豪華絢爛と厳粛が同居する不思議な空間だったことを書き記しておきます*3

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日本聖公会函館聖ヨハネ教会

 函館ハリストス正教会の隣にあるのが、日本聖公会函館聖ヨハネ教会です。

 函館聖ヨハネ教会は、英国聖公会(Church of England)海外伝道教会の宣教師W. デニングが1874年に来函して以来、聖公会の北海道伝道の根拠地となってきました。上空から見ると十字の形に見える現在の建物は1979年に落成したものです。元町教会群の中では最も新しい教会建築になりますね。

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 さて、こうして元町教会群を中心に巡り歩いて最も印象に残ったのは、異なった宗派の教会が至近距離に建てられていることです。カトリック元町教会、函館ハリストス正教会日本基督教団函館教会(=メソジスト)、日本聖公会函館聖ヨハネ教会……。通常であれば管轄がすぐさま問題になりそうですが、このような重畳が維持されているのも国際港湾都市箱館の名残と考えられるかもしれません。フランス、ロシア、アメリカ、イギリスがそれぞれ建てた教会がそれぞれの歩みで今日まで至っているなんて、他の街ではなかなか見られないユニークな光景ではないでしょうか。

函館山から臨む「100万ドルの夜景」

 元町の観光スポットを一廻りして、18:30過ぎにようやく函館山ロープウェイ山麓駅に到着。 ゴールデンウィーク初日ということもあって、夜景目当ての観光客で大混雑です。家族連れ、カップル、老夫婦、ツアー客、外国人観光客……。チケットを買ってロープウェイに乗り込むまで10~15分ほど待たされました。しかし、これは地獄の始まりに過ぎなかったのです……。

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 ロープウェイで山麓から山頂に上る途中で撮った一枚。夜の函館が「100万ドルの夜景」と評されるのも、このオレンジ色の街灯によるところが大きいと思います。オレンジ色はエネルギーを感じさせる色ですから、眺める人に活力を鼓吹するのかもしれません。私も思わず「おお」という感嘆詞が口をついて出てしまいました。感嘆詞は他人と感動を共有するために使うものではないのです!

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 5分ほどで標高334mの山頂に到着。完全に闇に沈まない薄暮の僅かな時間帯がベストですね。街、海、山、空の境界がはっきりと視認できます。

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 どこぞのカップルが「下を歩いてると何も思わない街なのに、上から観ると綺麗だね」などと話していました。なんて平凡な感想なんだ……。

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 西側に目を遣ると、函館湾対岸の山々に日が沈んでいくのが見えます。

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 しかし、最高地点はここではありません。山頂駅からさらに階段を使って展望台まで登らなければなりません。ここからは行くも戻るも地獄です。階段を登ろうとする人、降りようとする人が混ざって大混乱。人の波をかき分けて最高地点まで登ったはいいものの、例えばZepp (DiverCity) Tokyoの1階最前方でありがちな圧縮に巻き込まれました。「俺が押してるんじゃないよ!」「押されても前に行けねえよ!」「痛い痛い!」というやつですね。

 さらに、一眼レフを持ってきている連中が最前に陣取っており、なかなかどかないうえに、撮影を終えて後方に下がろうとする人も基本的には無言なので下がるに下がれないという地獄絵図。行列整理スタッフも手際が悪く、客側も「すみません」「下がります」「通してあげて」と声を掛け合う気が全く無いので、最前確保のためには欲望と暴力を剥き出しにせざるをえないというタイプの現場ですね。下がろうとしている人を見つけたら、すぐさま掴んで剥がして空きスペースを詰める、という要領で前にドンドン進んでいかないと、永遠に夜景には到達できません(なお、途中で諦めて戻ろうとしても簡単には戻れません)。あと、「全然見えないじゃん」と文句を言う背の低い彼女に「肩車しようか」と提案する彼氏を見ていて、一般人もヲタクも発想は同じなんだなと思いました。

 結局、最前に到達する頃には完全に日が暮れてしまいました。こうなるとスマホカメラではうまく撮影するのが難しいです(一眼レフ勢も大混雑の中でカメラを固定できないのでブレブレだったようですが)。写真ではうまく伝わらないのですが、「世界三大夜景」かつ「日本三大夜景」の一つに数えられる夜の函館は評判に違わず大迫力、まさに絶景でした。皆さんも頑張って最前に到達してみてください。本当にオススメです。

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 ……と、ここで記事を締められれば美しかったのですが、世の中そう甘くはありません。最前から下がるのも一苦労ですが、山麓に降りるまでが新たな地獄の始まりです。ロープウェイは二台しかないので、当然ながらボトルネックが発生します。私がロープウェイ待機列の最後尾に並んだのが19:45頃で、山麓に到着したのが20:50頃でしたから、函館山から降りてくるのに1時間ほど待たされたということになります。この日の函館は日中こそ19℃まで気温が上がりましたが、夜の山麓は7℃程度でしたから、気温逓減率を考慮に入れると山頂は4~5℃だったと思われます。薄着+ホットパンツ+ハイヒールで震えているネーチャンや若ママたちを見ていると、「寒暖差が激しいって知らないのか……」と可哀想な気持ちになりました。コートと手袋を着込んでいって本当によかった(それでも風が吹き付けてきて寒い)。北海道の気候をなめてはいけない!

 二日目に続きます。

Appendix

 ヤリイカまたはスルメイカがあしらわれたデザインのマンホールもあります。

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*1:陸繋島としては「漢委奴国王」の金印が出土した志賀島(福岡県)も有名です。

*2:「函館」表記が用いられるようになったのは、蝦夷地が北海道となった1869年ですので、それ以前の時期の話をするときは「箱館」表記を用います。

http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2014020600063/files/gaiyou.pdfを参照。

「大阪」が江戸時代には「大坂」と表記されていたのに似ています。

*3:なお、当然ながら函館ハリストス正教会も内部撮影禁止です。内観については、函館市や各教会のオフィシャルサイトで各自ご確認下さい。