蛮族の本懐

Ne quid nimisというモットーに抗うための試み。

Trip to Hakodadi (6):追憶の三日目 後篇

前回のおさらい

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西埠頭 倉庫街

 ベイエリアの周遊を終えた私は、市電通りを北西に向かって歩き始めました。三日目最後の目的地である夕陽の名所=外国人墓地は、函館市電函館どつく前駅から徒歩10分ほどの立地。市電・末広町駅から函館どつく前駅までは2駅なので歩けると思ったのですが、はやる気持ちとは裏腹に脚が前に出ません。この三日間歩き通しで酷使した脚が悲鳴を上げています。オートバイか自動車があれば……とないものねだりをしつつ、初志貫徹で歩みを進めていきました。

 ちなみに、函館どつくは1896年創業の造船会社です。読み方はHakodate-Dotsukuではなく、Hakodate-Dockです。促音を大文字で書くところが明治期らしくて粋ですね(Dotsukuだと思っていた人間の精一杯のイキり)。

 さて、疲れ果てているにもかかわらず、寄り道をしてしまうのは私の悪い癖です。相馬株式会社前を通り過ぎたのが17:40過ぎ。ガイドブックによれば5月の函館の日没時間は18:50頃とのことだったので、猶予が1時間ほどある計算になります。ここで、目的地に直行してゆっくりしよう!と思わずに、他の観光スポットも廻って効率的に時間を使おう!と考えてしまうのが、私のどうしようもないところです。市電・大町駅に到達したところで唐突に海が見たくなり、Google Mapで目星をつけた西埠頭から函館港を望むことにしました。

 西埠頭へ歩みを進めて早速後悔しました。祝日夕刻の倉庫街は人っ子一人歩いておらず、しんと静まり返っています。私は倉庫街を歩きながら「大阪南港事件」を思い出していました*1。物陰から角材を持った男が出てこないだろうか。もし殴られて昏倒でもしたら、そのまま誰にも気付かれぬままに生涯を終えてしまう。そんな恐怖を感じさせる不気味な静寂が倉庫街を支配していました。

 「こんなところに来るんじゃなかった」と怯えながら歩いているうちに、突如自動車の発進音が聞こえて肝を冷やしました。思わず物陰に隠れて様子を窺うと、コカ・コーラのトラックが倉庫街の中を通過していきました。ここが外国だったら最低でも半殺しにされてるなと思いながら、トラックが見えなくなるまで祈るように待ちました。興味の赴くまま、よく分からないエリアに足を踏み入れるのはやめよう! お兄さんとの約束だ!

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※参考ツイート

 17:50過ぎ、なんとか無事に西埠頭付近に到着。日が少しずつ傾いてきました。タイム・リミットはあと1時間ほど。外国人墓地まで急ぎましょう。

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 函館どつく株式会社の造船ドック。

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 函館港には海上自衛隊の艦艇も浮かんでいました。私は艦艇を見て胸が熱くなったり涙を流したりする人間ではないので、意識的に艦艇を写したわけではありません。艦艇が写り込んでしまったというのが正確な表現ですが、警察から見たらたった一人で西埠頭の写真を撮影しているのは不審極まりないかもしれません。そのうち、人気のない埠頭で写真を撮影していたらスパイの嫌疑をかけられて処罰される時代が到来するのかな、とこの時はぼんやりと考えていました。

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 2017年6月15日早朝、私が函館旅行記を書き終わらないうちに、共謀罪」法が成立してしまいました。今となっては「共謀罪」法の成立にかこつけて記事を書いていると受け取られても文句を言えませんので、もう少し早く私の問題意識をこのブログでもタイムスタンプ付きで書き残しておくべきだったと思います(後悔先に立たず)。ひとまず過去ツイートの掲載でコメントに代えます。

夕陽の名所 外国人墓地近郊

旧ロシア領事館

 市電・函館どつく前駅に到着したのは18:00過ぎ。休む間もなく寺町通を上って、函館湾を望む高台にある外国人墓地を目指します。しかしここでも私の悪い癖が出ました。「二兎を追う者は一兎をも得ず」の諺に逆らって、外国人墓地近郊の歴史スポットも訪れたい!という欲張る気持ちが頭をもたげてきたのです。デッドラインが迫っていたため、どうせ外観しか見られないとは分かっていましたが、見たい気持ちを抑えることができず、私は欲望の赴くままに「船見町19」の信号を左折すると、土方歳三供養碑が建つ称名寺などの寺院を通り過ぎて幸坂通まで戻りました。この幸坂通の中腹に建つのが旧ロシア領事館です。

 幸坂通は途中から激坂となっており(下掲写真参照)、既に息の上がっている私には文字通り「心臓に悪い」ヒル・クライムとなりました。旧ロシア領事館から船見公園までの坂はどのくらいの勾配なのでしょう……。

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 急勾配のため、旧ロシア領事館の入口付近からは函館港を望むことができます。ビルが建つ前はもっと見晴らしが良かったことでしょう。寺院や墓地のすぐ隣の敷地に旧ロシア領事館が建っているという「ごった煮」感がやはり函館らしいなと思いつつ、私は夕陽を拝むべく、もと来た道へ引き返していきました*2

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高龍寺 山門

 寺町通まで引き返し、外国人墓地へ向かう途中に見えてくるのが高龍寺です。高龍寺は1633年、松前曹洞宗法源寺の末寺として亀田村(現在の函館市万代町)に建てられたことに始まる函館市内最古の寺院です。1706年に箱館の弁天町(現在の入舟町)に移転した後、箱館開港に際してはロシア領事館職員の止宿所となり、1869年の箱館戦争時には箱館病院の分院として利用されるなど、箱館/函館の歴史にそのつど立ち合ってきました。1879年に現在の高台に移転した後、大火を経て1900年に本堂、1910年に山門が完成して現在に至っています。寺院の周囲には赤レンガ造りの防火塀が張り巡らされており、越後出身の名工の手になる木造建築と赤レンガ塀の「和洋折衷」が観る者に強い印象を残します。

 夕映えの山門。開門は9:00~16:00のため拝観はできませんでしたが、美しい夕映えを写真に収めることができたのでひとまず満足です。おっと、山門脇の時計が18:15頃を指しています。先を急ぎましょう。

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外国人墓地

 高龍寺からさらに高台を奥へ進むと、とうとう外国人墓地が見えてきました。この墓地は1854年のペリー来航時に亡くなった2人の水兵を埋葬したことに始まり、ロシア人墓地、中国人墓地、プロテスタント墓地など、様々な国や宗教の墓地が併設されて現在に至っています。夕陽の名所とはいえ、墓地だけあって(?)無粋な観光客は見当たりませんでした。墓参が先、夕陽は後と自分に言い聞かせながら、異郷の高台に眠る人々が安らかであらんことを祈りました。

 ロシア人墓地。この墓地がロシア人墓地として正式に認められたのは1870年のことで、現在はロシア軍艦の乗組員25名や白系ロシア人(=ソヴィエト政権に反対して国外亡命したロシア人)7名を含む43基の墓が立ち並んでいます。初代駐日ロシア領事ゴシケーヴィチ(Ио́сиф Анто́нович Гошке́вич, 1814-1875)の妻もこの墓地に葬られています。

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 函館中華山荘。この墓地は1876年、青森県に漂着した中国人の遺体を埋葬するために開拓使から607㎡の土地を借りたことに始まります。1919年に隣接の土地を買収し、1,538㎡に拡がった敷地を赤レンガ塀で囲み、現在の体裁が整えられました。中華山荘は代々の華僑団体が管理を行っており、毎年清明節(春分後15日目)と中元節(旧盆)には故人の冥福を祈る祭祀が営まれているそうです。

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 時刻は18:20。美しい夕映えです。静謐の一瞬をカメラで切り取ったはずが、世界は静止するどころか、今にも沈まんとする躍動を残しているように私には感じられます。圧巻の景勝地と言わざるを得ません。すごい(語彙力の低下)。

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 ぐるりと回り込んで門の外側へ。

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 函館どつく方面を望む。橙色の山際はまさに風光明媚という言葉が相応しい。

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 Windowsの「マイ ピクチャ」にデフォルトで入っていそう(台無し感)。

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 ここからは時間の経過に伴う空模様の変化をお楽しみください。

 まずは18:24の函館湾から。

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 18:37の函館湾。

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 18:43の函館湾。

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 函館どつく方面にも少しずつ街灯が灯り始め、薄暮の時間がやってきます。日暮れと共に少しずつ気温が下がり始め、肌寒くなってきました。名残惜しくはありますがそろそろ撤退の時間です。早足で寺町通を下って市電・函館どつく前駅へ引き返しました。

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 17:58発、湯の川駅行きになんとか間に合いました(BGM: Real Face - KAT-TUN)。乗り込んで、函館市電に乗り込んだ私は、美しい夕陽の眺望を胸の中で反芻しながら、最後まで悔いの残らない函館旅行にするにはどうすべきか悩んでいました。天気予報によれば、四日目(5月6日)から天気が崩れるとのこと。体力温存のために四日目の予定をキャンセルすべきか否か……。攻めと守りの狭間で揺れ動く私の気持ち。ガタゴト揺れる函館市電の中で揺れていたのは、私の身体だけではなかったのです……。

 四日目(最終日)に続きます。

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*1:最決平成2年11月20日刑集44巻8号837頁。

*2:旧ロシア領事館は1965~1996年まで一般公開されていましたが、現在は閉館中で外観しか見学することができません。現状、外国人墓地などの「ついで」に見学するのがちょうどいいと思います。