蛮族の本懐

Ne quid nimisというモットーに抗うための試み。

礫岩のような千葉(2):文豪と我孫子ニスト~白樺派ゆかりの地を歩く~

前回のおさらい

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はじめに(兼 新年のご挨拶)

 2019年12月15日(日)、国文学好きの友人の勧めで、千葉県我孫子市へ行ってきた。私にとって我孫子とは、常磐線で水戸やいわきを往来する際の通過点でしかなく、降り立ったことはない土地であった。しかし、実際に赴いてみると、日本近代文学や日本近代史に関心のある人にとっては楽しめそうなスポットが集まる渋い街だったので、この場を借りて友人に感謝するとともに、半日ほどで廻れる小旅行コースを紹介したい。

 千葉の魅力を伝えるシリーズ、2年ぶりの更新をもって、2020年の新年のご挨拶に代えたい。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

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異形とポリティカル・コレクトネス(2):『セントールの悩み』評に関する自己批判およびアップデートの試み(1)

前回のおさらい

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 前回は、綿野恵太『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(平凡社、2019年)の書評を執筆したが、今回はそれを前提として、標題の「異形とポリティカル・コレクトネス」の問題に入っていく。とはいえ、以下で直截的に扱うのはハンセン病や水俣病といった疾病に対する差別の問題ではなく、日本のアニメ・漫画における表象の問題である。その入口として、私が明示的に「ポリティカル・コレクトネス」という単語を初めて用いた劇評、すなわち『声ヲタグランプリ』18号(2017年12月)所収の『セントールの悩み』評を、綿野のプリズムを通じて読み直し、自己批判した上で内容のアップデートを行う。

 まずは、約2年前に執筆した劇評をそのまま掲載するので、お読みいただきたい。

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異形とポリティカル・コレクトネス(1):綿野恵太『「差別はいけない」とみんないうけれど。』について

はじめに 批評家・綿野恵太の挑戦と限界

 最近、人の薦めで綿野恵太『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(平凡社、2019年)治部れんげ『炎上しない企業情報発信:ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞出版社、2018年)を読んだ。

 治部の啓蒙書は会社の上司に薦められて読んだのだが、残念ながらそれほど面白い本ではなかった。ルミネ、資生堂、キリンビバレッジ、サントリー、宮城県、ユニ・チャームなど、近年の日本国内における「ジェンダー炎上」の事例およびその問題点が簡潔に整理されており、海外の「ジェンダー炎上」事例も何例か紹介されているため、informativeではあったが、いかんせん筆致が退屈で刺激に欠けた。綿野の話題書を副読本として、物足りなかった点、注意を要する点を指摘しておきたい。(以下、赤字は引用箇所を示す)

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【いわき紀行】夕映えの山本寛 薄暮の前に(2):「夕映え」とはなんの謂いか/探訪 住吉磨崖仏

前回のおさらい

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 今回はいわき市指定史跡の住吉磨崖仏(製作年代不明)を紹介するが、その前に、本連載のタイトルの「夕映え」に込めた思いについて書き残しておこう。

タイトルの「夕映え」について

 「夕映えの山本寛」というタイトルは、直接的には石川健治の講演「夕映えの上杉愼吉」(2014年10月30日、東京大学本郷キャンパスで開催)に由来している。

togetter.com

 しかし、当然ながら私とて、石川健治の講演のことを四六時中頭に浮かべて過ごしてきたわけではない。「夕映えの上杉愼吉」から「夕映えの山本寛」を思いつくまでには飛躍がある。この飛躍の飛び石となったのは、『薄暮』の特報第二弾(ティザームービー)であった。この特報に登場した「福島の夕映えの中で出会う、少年と、少女。」という一節に触発されて、私は殆ど反射的に「夕映えの上杉愼吉」のことを思い出したのだった。それほどまでに「夕映え」という単語は、私の中で上杉愼吉(1878-1929)と強く結びついていた(普段あまり使う機会のない単語だからだろうか)。

youtu.be

 前掲のTogetterにも記載の通り、石川健治によれば、「夕映えの上杉愼吉」というタイトルは、上杉が下宿していたゲオルク・イェリネック(Georg Jellinek, 1851-1911)のアパート屋根裏部屋から見えたであろう空模様と、美濃部達吉(1873-1948)との論争に実質的に敗れて落ち目となった上杉の晩年をかけたものであり、上杉を再評価する意味も込めて「黄昏」とはしなかったとのことである*1。私も「夕映えの山本寛」というタイトルに同様の意味を込めている。山本が福島のロケハンで見たであろう空模様と、『Wake Up, Girls!』という作品を奪われた挙句、債権者破産を経て廃業を宣言するに至った山本の末路をかけて、山本を改めて評価する意味を込めた次第である。

 なお、『薄暮』を制作したトワイライトスタジオの社名は、「薄暮」の英訳であるtwilightから取られたものであるが、これは「夕映え」=sunsetよりも少し遅い時間帯を指す言葉である。「薄暮の前に」というフレーズにおいては、「夕映え」と「薄暮」の時間的先後関係が示されるとともに、本連載が『薄暮』劇場公開前の旅行記であることも含意されている。この点については、Yamakan im Abendrot, vor der Abenddämmerungとドイツ語で書けば、表現上も綺麗な対比になるのだが、英語や日本語ではいまいち伝わらないのが残念な限りである(語法の誤りがあればご指摘ください)。

 さて、そろそろ本題、住吉磨崖仏の話を始めることにしよう。

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【いわき紀行】夕映えの山本寛 薄暮の前に(1):小名浜と震災~いわき・ら・ら・ミュウ~

はじめに

 山本寛の新作アニメ映画『薄暮』が当たっている。『薄暮』は『blossom』、『Wake Up, Girls!』に続く「東北三部作」の最終章であり、東日本大震災後の福島県いわき市を舞台に、静かに展開するボーイ・ミーツ・ガールものである。一時は完成が危ぶまれたものの、最終的には上映開始を遅らせながらも、短編アニメーションとして違和感のない出来に仕上がった。山本寛の現時点での「遺作」(あるいは「遺言」?)となった『薄暮』は、アニメ人・山本寛の足跡を辿る旅と言うべき作品だ。日本国内で(少しずつではあるが)上映館を増やし、カナダ・モントリオールで開催されるファンタジア国際映画祭のアニメーション部門、今敏賞にノミネートされるなど、多くの人々の目に触れる機会が増えつつあるのは喜ばしい。

 ただ、最初にお断りしておくと、本エントリは『薄暮』の劇評ではなく、『薄暮』にかこつけて1年前のいわき紀行文を書き連ねるものである(『薄暮』の劇評は別稿に譲る)。また、本エントリは『薄暮』の舞台探訪記事でもなく、ナンバユウキの言う「非公式の質感旅行」(下記参照)の記録に近い。小山佐智(CV: 桜田ひより)と雉子波祐介(CV: 加藤清史郎)が『薄暮』の劇中で同じ時間を過ごした場所の周辺に、どのような街並みや賑わいが広がっているのか、いくつかのスポットを紹介しながら描き出していこう。舞台探訪目的であるかを問わず、これからいわきに行く人の参考になれば幸甚である。

lichtung.hateblo.jp

 なお、すぐ後で書くように、私といわきを結びつけたのは他でもないWake Up, Girls! の7人だった。声優ユニットとしてのWake Up, Girls!、いわき、そして『薄暮』。山本寛も、「声優の矛」としての彼女たちも、実は「同じ夢を見て」いたのかもしれない。

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大物YouTuber“Syamu_game”の軌跡を辿る旅(3/完):約束の地「泉南イオン」と増殖する聖地

前回のおさらい

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 2018年10月6日(土)から10月8日(月・祝)にかけて、Wake Up, Girls! FINAL LIVE TOUR -HOME- Part II: FANTASIA・大阪公演の合間を縫って、伝説の大物YouTuber “Syamu_gameの聖地巡礼に行ってきた。本エントリでは、俺オナ民約束の地である「泉南イオン」、そして2019年1月26日に聖地入りを果たした岸和田城の様子をお届けする。

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大物YouTuber“Syamu_game”の軌跡を辿る旅(2):二色の浜公園

前回のおさらい

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 2018年10月6日(土)から10月8日(月・祝)にかけて、Wake Up, Girls! FINAL LIVE TOUR -HOME- Part II: FANTASIA・大阪公演の合間を縫って、伝説の大物YouTuber “Syamu_gameの聖地巡礼に行ってきた。本エントリでは、2日目昼公演の前に訪れた二色の浜公園の様子をお届けする。

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