蛮族の本懐

Ne quid nimisというモットーに抗うための試み。

昼と夜の浅草 ~「おのぼりさん」から見た下町~

はじめに

 2017年12月16日(土)、突発的に浅草に行ってきた。目的は年頭の挨拶でも触れたミラーレスカメラ・FUJIFILM X-A3の撮影練習である。では、何故浅草を撮影スポットに選んだのか。それは私が一度も浅草に行ったことがなかったからである。2009年の春、大学進学のために上京してから(札幌出張の中断はあったが)9年が経過しようとしているのに、私は一度も浅草に赴いたことはなかった。浅草は日本初心者のインバウンド観光客であれば必ず「行きたい」と口を揃えて言うほどの有名スポットだ。撮影練習にはうってつけだと思った。私も東京初心者の「おのぼりさん」に戻って、新鮮な気持ちで浅草を楽しむことにした。

 この日は秋葉原で買い物をする用事があったので、買い物を済ませた後、JR総武線で浅草橋駅まで移動し、そこから歩くことにした。近くの交番の警官に浅草寺への道のりを尋ねると、「道なりにまっすぐ歩いていけば着くよ。30分くらい歩くんじゃないかな」と言われ、浅草橋駅から浅草寺までは意外に距離があることを知った。運賃をケチらず、つくばエクスプレスを使えば良かったのかしら。

 さて、時刻はちょうど16時。金のうんこ……ではなく「金の炎」(flamme d'or)と東京スカイツリーが見える交差点に到着。ここから出発しよう。

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 浅草橋駅の側から江戸通りを北上していくと、最上階に時計台のあるモダンな建物が目に入る。東武浅草駅直結の商業施設、浅草EKIMISEである。浅草EKIMISEは「浅草プラットフォーム~人が行き交う場所~」というコンセプトで2012年11月21日にオープン。「元祖駅ビル」こと浅草駅ビルを1931年開業当時の姿に復元し、ネオ・ルネサンス様式の外観や時計台を現代に蘇らせたことで話題をさらったらしい。大正期から昭和前期にかけてのレトロビルが好きな私の目も、なかなか捨てたものではないのかもしれない。こんなことを言っていると美術史家や建築史家に怒られそうなので、さっさと浅草寺へと歩みを進めることにしよう。

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浅草寺、ときどき浅草神社

 浅草寺の歴史について、今回のエントリでは割愛したい。というのも、今回はあくまで「おのぼりさん」目線を大切にしたいと考えるからだ。

 さて、浅草寺といえば雷門が有名だが、江戸通りを北上して浅草EKIMISEの前を通過すると、雷門ではなく浅草寺の東門である二天門に行き当たる。初めての浅草で、裏口から浅草寺に入るような体験ができるとは嬉しいではないか(変人の感想)。東京メトロ銀座線やつくばエクスプレスを使わなかったおかげで、雷門をメインディッシュにとっておくことができるわけだから、好きな品目は最後まで残しておきたい私としては嬉しい展開なのだ。

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 二天門をくぐると、すぐ右手に建つのが浅草神社だ。寄り道してみよう。

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 浅草寺公式サイトの境内案内では名前すら出されていない浅草神社だが、参拝に訪れる人はそれなりに見えた。日焼けした車夫がアジア系の外国人観光客(女性)をナンパしているのを横目に見ながら、特に参拝もせず神社を後にした。

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 浅草神社の狛犬(向かって左側)。右側の狛犬は日本人女性2人組が自撮りをしていたせいで撮影し損ねたが、特に問題はあるまい。

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 浅草神社を後にして、浅草寺の境内を西に進んでいくと、色鮮やかな本堂に突き当たる。後に分かることだが、二天門から入った方が本堂までの歩数は少なくて済む。なおカメラ初心者の私は、自動調節モードでこれほど鮮明な写真が撮れることに感動を抑えられなかった。ミラーレスカメラの性能を最大限に引き出すために腕前を磨きたいと思えた瞬間だった。

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 本堂東側から五重塔を望む。時刻は16:16。夕映えが美しい。

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 本堂側から宝蔵門(裏側)を望む。

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 本堂正面。なお、現在の本堂は1945年の東京大空襲で焼失した後、7年の歳月をかけて1958年に再建されたものである(つい歴史の話をしてしまった、反省)。

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 さて、歴史的建造物や寺社仏閣などを撮影する時に悩ましいのは、縦横無尽に動き回る群衆の取り扱いである。教科書やカタログに掲載されている写真の多くにおいて、群衆は画面から排除されている。群衆は建造物を覆い隠す障害物であるかのように扱われている。私もそのこと自体を否定はしないが、ここで述べたいのは、群衆を排除することで画面が静謐になるおそれがあるということだ。

 浅草寺は「賑わい」という言葉が相応しいスポットだと一目見て思った。そもそもの問題として、これだけ混雑している状態で群衆を画面から消し去ることは困難なのだが、むしろ私は群衆あっての浅草寺という雰囲気を切り取りたいと強く思った。以下、素人ながらに「賑わい」(換言すれば「雑多感」)を記録できたのではないかと思える宝蔵門正面の写真を何枚か掲載する。

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ちょっと寄り道:フルーツパーラーゴトー

 ところで私は早漏なので焦らされるのが好きだ(というか、焦らしてもらわないと時短で終わってしまう)。だから、このエントリでも読者の皆様を焦らすことをお許し願いたい。実は今回の撮影練習は、何よりも夜景の撮影練習なのであった。スマホカメラはISO感度が低いため、夜景の撮影には不向きである。私がミラーレスカメラを必要としたのは、暗がりの静止物をスマホカメラより綺麗に写真に収めたくなったからだ。夜景を撮影するためには、当然ながら日没まで待つ必要がある。時間を潰すため、私は浅草の名店として知られるフルーツパーラーゴトーへ向かった。そう、このエントリで雷門は最後まで登場しないのである!

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 浅草寺西側の商店街を謎のマスコット(上掲)に見送られながら通り過ぎ、花やしきまで到着すれば後は簡単だ。花やしき近くの浅草ひさご通り商店街の一角にあるガラス張りのお洒落なお店、それがフルーツパーラーゴトーである。

 16:30過ぎにお店に到着すると、店の外で待っている先客が2組。フルーツパーラーゴトーは男性一人客お断り(下掲ツイート参照)のお店ではなかったようで、一緒に行く相手のいない悲しい人間が並んでも特に何も言われず。

 30分ほど待って、ようやく店内に入ると「本日のおすすめメニュー」を店員から渡された。右上に「12月16日」と当日の日付が印字されているところを見ると、「本日のフルーツパフェ」は日替わりなのだろうか。ここは思考停止で「本日のフルーツパフェ」(830円)を注文。

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 「本日のフルーツパフェ」にありつけたのは17:20頃。そこまで甘ったるくなく、新鮮なフルーツの素材の味を楽しめる一品だ。次の機会があれば、日替わりでない他のメニューも試してみたい(その前に同伴者を見つけたいところ)。

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浅草寺(夜景編)

 フルーツパーラーゴトーで「本日のフルーツパフェ」を堪能したところで、浅草寺に戻ることにしよう。時刻は17:30を過ぎて、完全に夜の帳が下りた。夜景の撮影練習にはもってこいと言えよう。ところで、浅草寺近くのセブンイレブンは看板が黒色仕様だった。景観への配慮だろうか?

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 宝蔵門と五重塔。夜景モード(自動調節)で撮影したところ、画面が暗くて何が何やら分からない。そこでマニュアルに切り替え、f/3.5, 露光1/30s, ISO感度3200で撮影したのが以下の写真だ。スマホカメラとの性能差は歴然である。

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 夜の仲見世。浅草寺の表参道である仲見世は、雷門から宝蔵門まで約250mにわたって伸びる商店街だ。日が暮れても興奮冷めやらぬ様子で賑わっていた。

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 仲見世を南下して、いよいよ浅草寺の総門である雷門へ向かう。

 雷門(風雷神門)裏側。f/3.5, 露光1/30s, ISO感度3200で撮影。多少の光源があれば、夜中でも色鮮やかに撮影することができた。

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 雷門正面。ライトアップが眩しく、ISO感度3200では画面が白っぽくなってしまう。微調整してf/4.5, 露光1/30s, ISO感度1600で撮影したのが以下の写真。このくらい明るければ、スマホカメラでもそれなりの撮影はできるのではないか。

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 夜になっても車夫たちは女性観光客に話しかけまくっていた。女性観光客としても、日焼けした細マッチョのイケメンから口説かれるのは満更でもないということなのだろうか、車夫を払いのける姿は見られなかった(車夫側も相手を選んでいるのかもしれないが)。「ビートたけしさんやナイツのお二人が修行したのもここ浅草なんです」。とある車夫の威勢のいい声が聞こえてくる。私は車夫たちが地元民なのかどうかは知らない。だからコメディアンの援用が単なる地元自慢なのか、観光客をフックアップする勧誘文句なのかも分からない。ガヤガヤとした喧騒が止むことはなく、夜の闇はそれを見守っているかのようだった。

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結びに代えて

 先日、官民一体の「下町ボブスレー」プロジェクトがにわかに話題となった。これは東京の「下町」大田区の町工場で生み出された日本製のソリが五輪大会で並居る強豪をごぼう抜き……という「日本スゴイ」のモノづくり版と言うほかないプロジェクトであり、継続的にウォッチしている人間は殆どいなかったように感じる。しかし、契約相手のジャマイカボブスレースケルトン連盟から五輪大会での不使用を通告され、2018年2月7日に「ジャマイカ連盟との交渉について」と題した損害賠償請求を示唆するメッセージを上げるに至ったことで衆目を集め、一躍ネットイナゴの餌となった。この問題に関する毀誉褒貶はともかく、「日本スゴイ」の青写真は泡沫と消えたのだった。

 さて、私が注目するのはkaolu氏(@kaolu4s)の以下の発言である。

私は当然ながら東京生まれでも東京育ちでもないため、「下町」という言葉に対する身体的な感覚は薄い。私の「下町」イメージは『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のような情景でしかない。だから、東京生まれ・東京育ちのkaolu氏の前掲ツイートは傾聴に値すると思った。浅草が「下町」なのは誰も否定しないだろう。では「下町」という概念の外縁はどこなのか。余所者・田舎者の視点ではあるが、考えてみたくなった。私は今後もしばらく東京を拠点に活動していくことになるのだろうし、今まで看過してきた「足元」に目を向けてみるのも悪くないかもしれない。長年の東京ぐらしの「慣れ」を払拭し、「おのぼりさん」に戻るのも時には悪くない……。そう強く感じた浅草初訪問であった。

Appendix

 毎年恒例となった秋葉原UDXのイルミネーションも撮影してみた(f/4.5, 露光1/30s, ISO感度1600)。この日の夜は秋葉原へ引き返し、大学時代の後輩と久々に気持ちよく酒を酌み交わして帰宅したのだった。

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