蛮族の本懐

Ne quid nimisというモットーに抗うための試み。

熱海 新春デート録 ~馬には乗ってみよ 人には添うてみよ~

はじめに

 マッチングアプリ・Pairsのコミュニティに、「会ってみないと正直何もわからない」というものがある。私はこの手の発言は出会い厨の常套句だと思っていたのだが、今年2月の3連休を経て考えが変わったのを実感している。至言とはまでは言わないが、的を射た発言なのではないか?

 2018年2月11日(日)~12日(月・祝)にかけて、Pairsでマッチングした女性と1泊2日の熱海温泉旅行に行ってきた。かつて新婚旅行のメッカ(正式な発音はマッカ?)として売り出された湯の町熱海。なかなか単独では来る機会のない場所なだけに、私の胸は期待と不安で揺れていた。今回の記事はタイトルの通り、「デート」の記録である。ただし、「デート」の供養記録である。

 この日は一時は雨の予報が出ていたが、蓋を開けてみれば抜けるような青空が広がるうららかな日であった。ホテルの居室からの眺望を貼っておこう。

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 静岡県の最東端に位置するリゾート島、初島もはっきり見える。初島を往来するフェリーが海に描く白線とマリンブルーとのコントラストが美しい。

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 さあ、私たちのデートを始めましょう(CV:竹達彩奈)。

今回の経緯について

 去年4月に知り合いの影響で何となく始めたPairs。これまでブログの記事にはしてこなかったが、私の性質上「入れ食い」とはならないまでも、これまで何十件かマッチングをしていた。しかし、マッチング後に継続的に連絡を取り合ったり、LINEやFacebookといった他のSNSでのやり取りに移行したりするのはそう簡単ではない。原因はともかく、Pairsでは以下のようなことが往々にして生じる。

  • マッチング後の挨拶段階でシカトされ、そのままスルーされる(「返事は遅くなっても必ずする」系の宣言をしている人にこのタイプが多い印象)。
  • 同じ趣味で一時的にやり取りが盛り上がるが、話題が広がらず自然消滅する(アニメや映画の話題から始まるとこのパターンが多い)。
  • マッチング後、数日~数週間やり取りが続くが、突然相手が退会する(他のユーザと交際が始まったか、アプリに嫌気が差したかどちらかだろう)。
  • 仕事から趣味の話まで色々な話をするに至っても、「連絡先を交換するほど/会うほどまだ親しくない」などと言われ、自然消滅する(「人見知り」アピールをしてくる人や「真剣な関係」を望む人にこのタイプが多い印象。それならお見合い業者を使った方が良いのでは……と思わなくはない)。

私は今のところ、会う約束をしたのにドタキャンされたり、LINEやFacebookをブロックされたりした経験はないが、上述のことは割と日常茶飯事である。こうしたハードルを乗り越えて、実際に会うに至ったケースも何件かある。そこから関係がどう進展するかは時の運もあり、現在進行形の話もあるため多くは語らない。今回の記事は、先日の(割とハードな)体験を過去の一事例として振り返り、今後の糧とする目的で敢えて書くことにした。

 Aさんとマッチングしたのは去年9月末だった。Aさんは台湾在住の台湾人女性で、日本語に通じていた。最初のやり取りはプロフィール写真についての何気ないもので、仕事の話も趣味の話でもなかった。世間話というか、何気ないやり取りが続き、1週間ほどでLINEを交換するに至った。彼女の希望で私はなるべく英語を使わず、日本語で彼女とコンタクトを取ることになったが、彼女は日本語に堪能だったため、ぎこちなさを感じることは殆どなかった。AさんとのLINEはほぼ毎日続き、話題もお互いの仕事、学生時代の専攻、日本のTV番組(特にお笑い)、旅行の思い出など多岐に渡った。Pairs経由でここまでストレスなくやり取りが続いたのはAさんが初めてだったため、私自身ややお熱を上げていたのは否めない。

 11月中旬になって、Aさんが東京に旅行に行きたいと言い出した。私も当初は社交辞令的に(というかダメもとで)「よかったらお茶でもどうですか」などと返していたのだが、彼女が台湾の祝祭日カレンダーを示して相談をもちかけてきたため、私は彼女の「本気」を悟った。こうしてお互いの仕事のスケジュールのすり合わせが始まり、2018年2月9日(金)~13日(火)にかけてAさんが来日することが決まった。そして、行きたい場所を相談するうちに「2月の東京は寒そうなので温泉でゆっくりしたい」と彼女が言い出した。今年の1月上旬に関東圏の温泉地を何件か挙げて相談した結果、熱海で湯治することが決まったのだった。

 1月は私の仕事が立て込んでおり、1月下旬には体調も崩していたため、そうした中で熱海のホテル予約、往復の交通手段の確保、旅行スケジュールの組み立てなどを行うのは大変だったが、誰かと行動をともにする経験に乏しい私にとっては良い経験となった。そしていよいよ、運命の2月連休がやってきたのだった。

トラブル続きの二日間

 2月9日(金)の未明、AさんはJetstarの深夜便で成田空港に無事降り立った。Aさんは前日から「Rasielは明日“熱帯女鬼”に会うことになるよ」「おばけに会うことになるよ」と繰り返していた。そんな彼女に私は「鬼になったり幽霊になったり忙しいね」と返信をした。彼女は日頃から極端なことを言っては私をからかうきらいがあったが、流石に今回ばかりは不安な様子だった。それはそうだろう、慣れない土地、慣れない気候の中、たった一人で初対面の男性に逢いに行くのだ。私は努めて紳士であらねば、と自分に言い聞かせつつ、オカモトゼロツーをポケットに忍ばせた。下心がないと言えば嘘になる。いや、下心があるからこそリスク・コントロールが重要なのだ。取り返しのつかないことになる前に。

 自己正当化はともかく、Aさんとの初対面はその日の夕方だった。上野駅の待ち合わせ場所で待っていると、彼女から「迷った」とLINEが届いた。「今どこ?」「迎えに行こうか?」と返信を送るも既読はつかず、苛立ちと不安が私の心を埋めていった。今思えば、この時からトラブルの予兆はあったのかもしれない。結局、彼女は20分ほど遅れて自力で待ち合わせ場所に到着した。「ごめんなさい」。プロフィール写真と同じ顔がそう言った。不思議と怒りは湧かなかった。その分、情熱的な喜びもときめきもそこにはなかった。「なんか緊張するね」と言う彼女は、普段のLINEでの馴れ馴れしさや過剰とも言える感情表現とはうってかわって、しおらしい様子だった。この日の東京の最低気温は氷点下2℃。寒さからか緊張からか、彼女は震えていた。私も震えていた。

 私達は予約しておいた居酒屋にすぐに向かうことにした。彼女の緊張をほぐすため、私はある種の道化にならねば、と思った。温かい料理を口に運びながら、明るい調子で彼女と色々な話をした。家族の話、職場の話、今日行ったお台場の感想など、語り明かすうちに少しずつ彼女は笑顔を見せるようになった。最も興味深かった話題は、台湾で「旅かえる」という日本のアプリが大流行しているということだ。彼女は「台湾で流行っているのだから、日本でも当然流行っているはず」と思っていたようだが、私はこのアプリを全く知らなかったので、二人して驚いた。どこで何が流行るか分からないものだ。「旅かえる」については以下のBBCの記事を参照されたい。

www.bbc.com

 あっという間に2時間が過ぎ、お腹も膨れたところで初日は解散することにした。Aさんが非常に疲れた様子だったため、早めに宿へ帰してあげたいと思ったからだ。私達は11日(日)~12日(月・祝)にかけての熱海旅行のほかは、具体的なスケジュールを詰めていなかったので、翌日は都内観光をする約束を取り付けた。「浅草でもスカイツリーでもいい、詳しいことはまたLINEで相談しよう」と伝え、上野駅で彼女と別れた。しかしその夜、「今日はありがとう」というメッセージを最後に、彼女からLINEが届くことはなかった。

 2月10日(土)の朝が来た。一晩明けても、LINEに音沙汰はなかった。私の頭の中で「ドタキャン」の5文字と「体調不良」の4文字が浮かんでは消えていった。以前、女性がドタキャンをする理由として「当日まで予定が決まっておらず、面倒臭くなった」という理由が紹介されていたのを見たことがある。私は不安になりつつ、10時過ぎに「大丈夫?」とAさんにLINEを送った。返信が来たのは12時半頃。とりあえず反応があったことに安堵しつつトークルームを開くと、そこには「パスポートを失くした」という文言が並んでいた。血の気が引くとはまさにこのことだろう。私は大慌てで台北駐日経済文化代表処の連絡先を貼り付けて(この日は閉館日だというのに!)、「財布やお金は手許にある?」「警察や大使館に届けなきゃ」などと書き込んだ。既読はつかなかった。13時過ぎに彼女から「警察署にいる」と連絡があったが、そこからぱたりと通知は止んだ。彼女は今何処にいるのかも教えてくれないので、駆けつけることもできない。私は自室で煩悶することしかできない自分が情けなく感じた。もし彼女が予定通りに台湾に帰れなくなったら、私の自室に泊めるしかないのだろうか……。そう考えると、途端に今回の事態が厄介事に思えてきて、「所詮は他人、知らんふりでいい」という残酷な感情が頭をもたげてきた。交際をする、所帯を持つということが苦しみを分かち合うことなのだとしても、あまりに大きな苦しみを担うことはできない。私は逃げ出したくてたまらず、人間の弱さを思い知った。

 結局、Aさんからの続報が届いた時には時刻は22時を回っていた。彼女はバッテリー切れで連絡できなかったことを謝罪し、パスポートの所在が明らかになったことを教えてくれた。どうも彼女は成田空港に着陸した直後にパスポートを落としていたようなのである。たまたま彼女の隣に座っていた乗客がパスポートを拾い、係の者に届けてくれていたのだという。とすれば、前日に上野で食事をしていた時点で、既に彼女の手許にはパスポートはなかったということになる! あまりにおっちょこちょいな展開に、私はただただ脱力するしかなかった。ともあれ、最悪の事態は免れた。「明日は予定通り熱海に行く」と言う彼女の健気さに脱帽しつつ、東京駅で9時半に合流する約束をしてその日は終わった。

 2月11日(日)、いよいよ熱海旅行の当日がやってきた。昨日の分も楽しもうと意気込む私のもとに、AさんからLINEが届いた。「襲われた」「怖かった」。頭をガンと殴られたような衝撃だった。この時の怒り、悲しみ、不快感は忘れない。「どうしてこうついてないんだ」という自己都合の気持ちと、「恥を知れ」という加害者への憤怒が渦巻いて、頭がくらくらした。私が彼女を日本へ誘わなければ、彼女はパスポート紛失や性犯罪被害の憂き目に遭うこともなかったのではないか……。責任を感じずにはいられなかった。彼女は節約のため、ホテルではなくAirbnbのドミトリー(男女同室)に泊まっていた。彼女以外にその民泊に滞在している女性はおらず、彼女は深夜に香港人の訪日観光客に襲われることになった。なんとか同室の男性やホストの力を借りて加害者を引き離したため、強姦は未遂で終わった。不幸中の幸いである。しかし、彼女の心には深い傷が残ったことだろう。恐怖で眠れぬ夜を過ごした彼女は、酷く疲れた様子で集合場所に姿を見せた。30分遅れだった。彼女は予定のキャンセルを拒んだ。彼女が気丈に振る舞うほど、私の胸はざわつくのだった。こうして熱海温泉デートは傷心旅行へと姿を変えた。言うまでもなく、この時点でオカモトゼロツーは用済みとなった。当初の予定を完遂し、彼女を楽しい記憶と共に台湾へ帰すことが私の最優先課題となったのだから。 さあ、「デート」の供養記録の幕開けだ

熱海梅園 梅まつり

 10:30東京駅発、特急踊り子109号。それが熱海までの片道1時間20分の旅の名前だ。初めにも書いたが、この日の天気は雨の予報をいい意味で裏切る快晴だった。Aさんに相模湾を見せようと窓際の座席を予約しておいた甲斐があったというものだ。しかし、連日のトラブルにぐったりした様子の彼女にかける言葉が見つからず、気まずい沈黙が続いた。静寂を破ったのはAさんの方だった。シートポケットに入った通販カタログを手にとって読み始めたAさんは、様々な商品説明を私に見せては「難しい」と顔をしかめた。そんな脈絡のない、なんともぎこちないやり取りを続けるうちに1時間が過ぎた。踊り子号は小田原駅に到着していた。JR東海道線は小田原駅を過ぎると、左手に相模湾のオーシャンビューが一気に広がる。「見て」と私が窓の外を指差すと、彼女は相模湾が見えなくなるまで、じっと窓の外を眺めていた。快晴のスカイブルーと陽の光を反射してキラキラと光るマリンブルーが、沈黙さえも心地よさの中に包み込んでいった。「綺麗……」と彼女がこぼしたのを、私は聞き逃さなかった。

 踊り子号はダイヤ通り、11:51に熱海駅に到着した。私達はまず荷物をホテルに預けるべく、駅前でタクシーを拾うことにした。しかし、三連休の中日ということもあってか、タクシープールには長蛇の列ができていた。15~20分ほど待ってようやくタクシーに乗り込み、運転手に「いつもこんなに混んでいるんですか」と尋ねると、「今日は特別混んでいますよ」との返答。なんでも、今年の厳冬のせいで湯河原の桜・梅が全く咲いておらず、日本一の早咲き(通常1月上旬に満開)で知られるあたみ桜も開花が遅れ、この連休にちょうど満開を迎えたことから、観光客の流入が激しくなっているらしい。その上、この日の熱海の最高気温は15℃と、3月中旬から下旬並みの暖かさを記録していた。道理で混雑しているわけだ! 花見日和のうららかな午後が始まろうとしていた。

 来宮駅近くのホテルに荷物を預け、身軽になった私達。熱海梅園までの街道を歩き始めた私達を、満開のあたみ桜が迎えてくれた。

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見事に咲き誇るあたみ桜のおかげで、Aさんにも少しずつ笑顔が戻り始めた。

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あたみ桜を横目に見ながら、私は温泉地繋がりのつもりで九份の話題をAさんに振ってみた。すると、彼女が「熱海とは全然違う。九份なんて何にもないよ」と鼻で笑うような態度を示したため、この話題はやめることにした。

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 時刻は12:50。私達は「綺麗だね」を繰り返す壊れたスピーカーのようになりながら、第一の目的地である熱海梅園に到着した。熱海梅園は1月上旬から3月初旬にかけての「梅まつり」の期間中だけ有料施設となる。熱海市内宿泊者であればたった100円でお得に入園できるため、オススメである(せこい)。

 確かこの日は四分咲き程度だったと記憶している。しかし、Aさんとベンチに座ってコンビニのおにぎりを頬張りながら、白・紅・黄など各色の梅の花を眺めていると、とうとう旅行が始まったのだ、災厄は過ぎ去ったのだという喜びがこみ上げてきて、感無量であった。これ以上は無粋なので梅に語らせよう。

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來宮神社

 熱海梅園から来宮駅方面への下り坂を降りていくと、第二の目的地である來宮神社の鳥居が見えてくる。

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 鳥居をくぐると、右手に見えてくるのが第二大楠(樹齢1,300年超)。約300年前の落雷で木の中身は殆ど空洞になっているが、今なお青々と楠の葉を繁らせる生命力の象徴である。熱海鎮座の來宮神社は江戸末期まで「木宮明神」と称し、木に宿る神々を祀る神社として崇敬を集めてきたらしい。ゲルマン人の樹木信仰を思い起こさずにはいられないのは、私だけだろうか?

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 來宮神社の本殿。確実に神道を信じてはいないであろうAさんと境内を歩いていると、寺社仏閣を異国の宗教的建造物のように感じてしまう。私はあたかも現地の民間信仰を初めて目にしたかのような新鮮な驚きを覚えていた。

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 本殿をスルーして、どんどん奥へ進んでいく。

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 本殿の裏に聳え立つのが国指定天然記念物・大楠だ。その樹齢は2,000年を超え、幹周23.9m、高さ約26mを誇る本州1位(全国2位)の巨樹である。

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 大楠の第一印象は「異形の木」であった。あまりに太く、ゴツゴツとしていて、木というよりは壁のような印象を受けた。御神木であるという触れ込みがなければ、率直に言ってグロテスクな外見ではないだろうか。グロテスクであること、奇形であることが神秘性にとっては重要なのかもしれない。

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 大楠を時計回りに一周しながら、Aさんに「この木は2,000歳を超えているんだって」と伝えると、彼女は息を呑んでこう言った。「私達、若いね……」。なんともズレたリアクションだが、Aさんはこういう人間なのである。

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 さて、來宮神社を後にすると、明らかにAさんの歩くペースが落ちてきた。一人旅の「自分をいじめ抜く」癖に彼女を付き合わせていたことに気付き、反省した。ホテルのチェックイン時刻15:00まで1時間ほど時間があったので、商店街近くのカフェに立ち寄ることにした。眞鍋かをりが「スケジュールと予算と価値観の合う友達ってほとんどいない」と言っていたけれど、確かにそうかもしれない。誰かと旅行に行けば、楽しい時間を共有するだけでは済まない。なんだかんだ気は遣うのである。疲れた様子のAさんを見ながら、私も心労のせいか一気に具合が悪くなるのを実感したのだった(写真は市街地へ向かう途中の梅の花)。

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黄昏の熱海サンビーチを望む

 ようやく15:00を過ぎ、ホテルへのチェックインを済ませた私達は、居室のベッドに倒れ込んだ(勿論別々のベッドに、である)。Aさんの疲弊感が伝染したのか、私も完全にグロッギーであった。展望所から熱海の夜景を望むという本日最後のイベントが控えているというのに、それどころではない体調であった。ずっしりとした疲れの中で、彼女との約束が守れなくなってしまうという焦燥感が強まっていった。なんとかもってくれ。それだけをとにかく祈った。

 無音に耐えかねて、居室のテレビの電源を入れると、平昌冬季五輪(Pyeong-chang 2018 Olympic Winter Games)の映像が流れてきた。平昌という街は個人的に苦い思い出がある。某社の採用試験で今後の五輪開催地を答えさせる出題があり、2018年冬季五輪の開催地だけが分からなかったのだ。試験結果は合格だったため、平昌を答えられなかったことは特に問題にならなかったのかもしれない(なお、その会社に入社することはなかった)。それ以来、平昌は一度も行ったことがない街であるにもかかわらず、私にとって忘れられない街となった。

 テレビを見ながら休息していると、少しずつ体調が戻ってくるのを感じた。この日の熱海の日没時刻は17時半過ぎと聞いていたので、タクシーの配車を16:50で予約し、熱海城前の高台でトワイライト・タイムを待つ計画を立てた。

 熱海城前の高台に到着すると、時刻は17:10頃。日没まで20分以上あるが、とにかく寒い! この日は日中から道路標識が揺れるほどの強風が吹いていたが、日中は最高気温15℃という暖かい気候のおかげで特に気にならなかった。しかし、17時を過ぎた高台の風は一気に冷たくなり、ここで20分待機するのは厳しいことを悟った。要するに早く来過ぎたのだ。風を遮る場所も暖を取る場所も見当たらず、「失敗した」と後悔せずにはいられなかった。

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 熱海城は既に閉館しており、熱海城に隣接する熱海トリックアート迷宮館もチケット販売が16時半で終了していたため、逃げ場がない状況となった。「寒い、寒い」と震えるAさんに自販機で買ったホットドリンクを渡したが、気休めにしかならないのは明らかだった。彼女に無理を強いるわけにはいかないと考え、帰りのタクシーを呼ぶことにした。タクシー会社に電話して、日没まで車中待機させてもらえないかと交渉すると、「その分料金がかかりますけど」との返答。料金の支払いを了承してタクシーを呼んだ。大切なのは逡巡ではなく行動である

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 17:22の南方の様子。タクシーはなかなか来ない。

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 17時半過ぎの熱海サンビーチ方面。少しずつ夜の帳が下りてくる。

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 タクシーが熱海城前に到着するも、別の観光客が予約したタクシーだったという紛らわしい展開が2回続いたところで、ようやく私達が予約したタクシーが到着。震えるAさんを連れて、タクシーの中に滑り込んだ。暖房は文明の利器である。自家用車を使わずに冬~新春にかけて展望所を訪れるカップルは、薄暮ぎりぎりの時間に到着するようにした上で、タクシーを帰さずにその場に待機させておくのが吉と思われる(了承してもらえることは保証しない)。

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 タクシーの中で待機させてもらうこと15分。夜景がいい具合に出来上がってきたところで、降車して撮影したのが以下の写真だ。時刻は17:45。熱海後楽園ホテルと熱海サンビーチの灯りが美しい。寒い中耐えてよかったと思わされる瞬間だ。なお、この夜景はプロポーズのシチュエーションとしても有名なようだ。息を呑む美しさとまでは言えない夜景なだけに、プロポーズの引き立て役としては最高ということなのだろうか。一度くらいは訪れてもいい場所ではあるだろう。

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 夜景の撮影が終わったところで、タクシーの運転手にカメラを託し、夜景をバックにAさんとの2ショットを撮ってもらった。運転手がすっかりカメラマン気取りで、色々な角度から撮ったり、ポーズを変えることを要求したりしていたのは面白かった。一夜の思い出のため、サービス精神旺盛に振る舞ってくれた彼に敬意を表したい。なお、私達の隣では自撮りすらせずに抱き合ったりキスしたりしているカップルがいたが、私達も傍から見たら同じ穴の狢だったのだろうか。

 撮影を済ませた私達はタクシーに乗り込み、ホテルへ戻った。冷え切った身体を温泉で癒やし、夕食を済ませると一気に疲労が襲ってきた。この日は二人とも、21:00には床に就いたのだった(勿論別々のベッドに、である)。

おわりに

 こうして何もないまま、12日(月・祝)の朝が来た。帰りは時間短縮のため、熱海駅10:31発のこだま636号を選択。Aさんの家族へのお土産を熱海駅で見繕い、新幹線に乗り込んだ。Aさんが「写真を撮ろう」と言ってきたので、私達は新幹線の座席で2ショットの自撮りをした。「オレ、笑顔ヘタだな」「そんなことない」と会話をするうちに、新幹線は新横浜駅を過ぎ、あっという間に品川駅へ到着したのだった。Aさんは渋谷に寄ってから成田空港へ向かうとのことで、私達は品川駅で解散することにしていた。彼女の重いスーツケースを引いて山手線のホームへ向かう途中、一段とその重さが増すような心地がした。彼女と私は反対方向の電車に乗ることになる。お別れの時が近づいていた。

 山手線のホームに外回りの電車が到着すると、彼女は「今度は台湾に遊びに来てね」と言った。私は「機会があれば」と濁した返事をすべきか悩んだが、結局肯定の返事を口にした。彼女は電車の中から私に向かって手を振り続けていたが、やがて駆け込み乗車をする群衆の中に埋もれ、その姿は見えなくなった。私は外回りの電車が視界から消えるまで、ホームで手を振り続けたのだった。

 ホームで一人になった私は、嵐は去ったという感覚を覚えていた。やり遂げたという達成感とようやく終わったという安堵感が一気にこみ上げて、それまでの緊張が嘘のように解けていった。日常が戻ってきたのである。そこで初めて「ああ、しんどかったんだな」と自覚してしまった。デートというものは二人の共同作品であるべきだろう。「男性にリードされたい」と願う女性や「自分がリードしたい」と思う男性は多いのかもしれないが、そうした一方的な奉仕はリードする側に大きな負担をかけるため、長続きはしないというのが実感である。今回はイレギュラーな事態が重なり、私の気が引けた(汚い言葉を使えば「萎えた」)のが心労の種となった。マイナスからのスタートをプラスにする、または控えめにゼロに持ち込むという姿勢の旅行は楽しくない。数奇な運命に翻弄され、マイナスの状態に陥ってしまった時点で挽回を諦めるのも一つの手なのかもしれない。少なくとも私は、あまりに重すぎるものを担うことはできないと感じた。私は要介護になった配偶者や傷つけられたパートナーから逃げ出してしまう人のことを強く批判できなくなってしまった。会ってみないと正直何もわからない。この弱さを認めることで、次の出逢いへの再出発としたい。

 なお、この時以来Aさんとは連絡をとっていない。そのうちまた連絡が来るのかどうかは分からない。それも「風まかせ」にしてみようと思う。

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