蛮族の本懐

Ne quid nimisというモットーに抗うための試み。

便乗 第5回大本山スタンプラリー(1):川崎大師平間寺

はじめに

 2018年9月2日(日)、Wake Up, Girls! ファンミーティング「もっともわぐらぶ愛してる」川崎公演に参加するついでに、川崎大師へ行ってきた。

 川崎大師へは一度も行ったことがなかったのだが、京急電鉄・京成電鉄・京王電鉄が共催する「電車で行こう!第5回大本山スタンプラリー」の広告を見て、にわかに興味が湧いた。普段あまり行く機会のない川崎に行くのだから、折角だしプチ観光もしようか、程度の軽い気持ちで川崎大師行きを決めた。

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 京急川崎駅から京急大師線で約5分、13時過ぎに川崎大師駅へ到着。朝方は雨が降っていたが、昼頃から曇天となったため、傘の出番はなかった。

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大師参道から仲見世へ

 川崎大師駅から大師参道を通って、仲見世へ向かう。この日の気温は20℃台前半と、前日の最高気温から10℃近く下がったため、半袖だと少し肌寒く感じた。雨上がりの冷涼な空気は秋の到来を予感させ、清々しい気持ちにさせてくれた。

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 写真には収めていないが、厄除門すぐ横の松屋が“HOME”感を与えてくれる。

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 大師参道を300mほど進むと、「川崎大師入口」の文字が見えてくる。

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 大師参道の出口を右折→右折で仲見世へ。年中行事の際には大混雑となることが予想される仲見世も、この日は閑散としていた。カメラを首から提げて歩いていたため、おのぼりさんと思われたのか、松屋の飴総本舗の店員から「お兄さんどこから来たの」と営業を受け、結局ダルマのど飴(¥500)を買ってしまった。黒砂糖味で喉に優しい。地味にいい買い物だったかもしれない。

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 川崎大師の仲見世にはダルマのお店が多い。これだけ競合相手が密集する中で各店舗がどのように差別化・収益化を図っているのか、素人には知るよしもない。いずれにせよ、大小無数のダルマが両脇に並ぶ異様な光景が、インバウンド観光客のオリエンタリズムを喚起することは間違いないであろう。

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 お腹が空いたので、大山門前の蕎麦膳はやまで昼食を摂ることにした。入口に川崎のローカルアイドル「川崎純情小町☆」のポスターが貼ってあり、「川崎に来たんだ……」という名状しがたい興奮を覚えた。なお、このポスターを貼った時点からメンバーの卒業・脱退がなかったか、念のため公式サイトで確認したが、写真の四人体制で間違いなかったので安心した(2018年9月12日現在)。

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 冷したぬきそば(¥900)を注文。川崎純情小町☆のポスターでお腹いっぱいになったので、蕎麦の方はさらさらと完食。安心感のある美味しさであった。

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大本山 川崎大師平間寺

 蕎麦膳はやまを後にすると、時刻は13:40。「もっともわぐらぶ愛してる」川崎公演が14:30開演のため、ゆっくり境内を観ている時間はなさそうだった。

 さて、川崎大師こと金剛山金乗院平間寺は、成田山新勝寺および高尾山薬王院と並ぶ真言宗智山派の大本山の一つであり、「厄除けのお大師さま」として現在も親しまれるメガ寺院である。平間寺は、尾張国を追われた平間兼乗ひらまかねのりという武士が海中より引き揚げたと伝わる木製の大師像を本尊としている。1128年、高野山の尊賢上人が諸国教化の途中で川崎に立ち寄った際に、兼乗の霊験奇瑞に感泣して寺院を建立し、兼乗の姓をもって平間寺へいけんじと号したのがこの寺院の縁起とされている。平間寺は尊賢上人の朝廷への働きかけもあり、1141年には近衛天皇の宣旨によって勅願寺となったが、のちに荒廃。18世紀後半に再興されて栄えたが、アジア・太平洋戦争末期の東京大空襲で焼失。そのため、平間寺の現存する建造物は全て戦後に建てられたものである。この事情が後述の「胡散臭さ」を生むことになる。

 大山門。開創850年の記念事業として1977年11月に落成。この門は1979年、第24回神奈川県建築コンクール・一般建築部門の優秀賞に選ばれている。

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 華美でない色遣いが、静かな感慨を覚えさせる。地味な色遣いも悪くない。

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 大本堂。10年ごとの吉例大開帳奉修の年、1964年5月に落成。堂内では毎日護摩木が焚かれ、世界平和・国家安寧・信徒安全が祈願されているとのこと。また、近衛天皇により勅願寺に列せられた経緯を踏まえ、大本堂の大棟には皇室の菊花紋章が掲げられている(睾玉と菊門ではないので注意されたい)。

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 祈りと平和の像。1984年、弘法大師1150年遠忌を記念して建立。1988年に文化勲章を受賞し、1991年に川崎市名誉市民に登録された圓鍔勝三えんつばかつぞうの作品で、中央の女神が「祈り」、周囲の女神が「平和」を表しているとのこと。

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 「ピース」ではなく「ピースフルネス」という言葉のチョイスが面白い。

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 関東第一霊場碑。現在の碑は1968年9月21日、東京新聞の発願で再建された二代目である。平間寺は新四国 東国八十八箇所霊場の第一番札所であり、紛らわしいが1995年に開創された関東八十八箇所霊場では特別霊場の地位を占めている。

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 八角五重塔。弘法大師1150年遠忌および吉例大開帳奉修を記念して、1984年に落成。設計者の大岡實によれば、寺院建築において八角塔は「円塔」と言われ、八角形は円を意味している。真言宗では塔身が円の「宝塔」が基本であり、八角形は真言の様式にかなう「包容力」および「完全性」を象徴した、円に最も近い図形と考えられている。また、この塔は平間寺第44世・高橋隆天により、戦後復興の象徴として「中興塔」と命名されている。

 なお、ベンチに腰掛けてこちらを正視する老人は、格好つけてポーズを取っているようにも見えるが、タバコをふかしているだけである。

 

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 不動門。平間寺第43世・隆超が1948年に有縁の地から譲り受け、移築建立された門である。当初は焼失した山門の跡地に建てられたが、1977年の大山門落成に伴い、境内東端(不動堂正面)に移築されて現在に至っている。

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 第55代横綱・北の湖敏満之像。生前、北の湖敏満は平間寺の檀家であり、その繋がりから2017年10月1日三回忌の際、親族奉納により銅像が建立された。従って、境内に突如として出現した新奇な銅像としか言えないのだが、平間寺はこの銅像をパワースポット、記念撮影スポットとして売り出している様子である。こうしたある種の節操なき広報活動が、平間寺をして全国三位の初詣客数を誇るメガ寺院とせしめているのかもしれない

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 同志社大学についての記事で『時をかける少女』ならぬ「少女像にかける老人」に触れたが、この銅像も心なしか少女像に色味が似ている気がする。だとすれば、「野球に賭ける弟子」が彼の晩節を汚した、と評すればよいのかしら。

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 不動堂。1964年4月に落成。堂内には成田山新勝寺の本尊・不動明王の分躰が勧請奉安されているとのこと。なお、写真の中で石段を登っている赤シャツの男性が、Wake Up, Girls! のバッグを持っていたので、「これが噂のワグナー御朱印巡り部か!?」と警戒感を強めた。なお、当然ながら声はかけなかった。

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 信徒会館。相当儲けているのだろうな、と思わされる立派な建物。建物内で怪しげな「勉強会」が開かれていても不思議ではない雰囲気であった(失礼)。

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 不動堂と信徒会館の間に生い茂る謎の樹木。樹木の種類も統一感がない。

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 つるの池。『バカだけど日本のこと考えてみました』の著者とは無関係。菊花紋ではなく虎ノ門を引き合いに出すハメにならずに済んだことを喜びたい。

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 つるの池に架かるやすらぎ橋。吉例大開帳奉修を記念して2014年に架けられた。災難を除き、幸福を招くとされる朱色で塗られ、欄干には悟りへの段階を表す梵字20文字が刻まれている。橋を渡った先に見える金ピカの像は、開創850年慶讃記念事業として1977年に造立された降魔成道釈迦如来像。奥の白い建物は薬師殿(後述)である。ぎらついた外観は趣味が悪く、正直なところ胡散臭い

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 ウッドデッキからの眺望。つるの池、やすらぎ橋、八角五重塔を一枚に収められるスポットとして知られている。青空が広がっていれば文句なしであった。

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 薬師殿。白色のレゴブロックで組み上げたタージ・マハルのような外観をしているこの建物は、開創880年記念事業として2008年11月1日に落成。堂内には薬師如来像と十二神将が奉安されており、れっきとした平間寺の建造物の一つなのだが、新興宗教の建造物と言われても驚かない無機質なデザインは一瞬目を疑う。古色蒼然とした寺院が全てではないし、擬古的なものは時代錯誤に陥ることもあると、頭では理解しているはずなのだが、なかなか受け容れ難い。私自身の保守性が暴かれる瞬間であった。

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 最後に、大本堂に戻ってきた。時刻は14時を過ぎており、「もっともわぐらぶ愛してる」川崎公演の開演時間(14時半)が迫っていたため、早々に平間寺を後にした。なお、御朱印にもスタンプにも興味はないので、どちらも貰っていない。ここまで勘違いしていた読者もおられるかもしれないが、私は大本山スタンプラリーに参加していたわけではないのである。ただ、寺社巡り自体を記録するのは有意義なことなので、残りの二山も近々廻ってみようと思う。

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ちょっと寄り道 ~珈琲茶房 餅陣住吉~

 川崎大師駅付近からカルッツかわさきまでタクシーで移動すれば、ギリギリ開演時間に滑り込めるかもしれない……と考える私を足止めしたのは、川崎大師の仲見世に立っていた「くずもちサンデー」のポップであった。

 何を隠そう甘味に目がない私は、この機会を逃せば暫く来る機会がないであろう川崎大師のスイーツの誘惑に抗えなかった。「もっともわぐらぶ愛してる」川崎公演・昼の部の遅刻が確定した瞬間だった。私は主体的に遅刻という選択肢を取ったわけだが、その「罪の味」はあまりに甘美であった。川崎大師名物の久寿餅、マザー牧場のソフトクリーム、つぶあん、極めつけは黒蜜きなこ……。お取り寄せしたくなる、リーズナブルな絶品スイーツ(¥500)であった。

 ちなみに、「もっともわぐらぶ愛してる」は開演が押したため、重要な場面を見逃すことはなかった。14:45にホールに滑り込むと、ちょうど高木美佑の自己紹介が始まった頃だったので、無事に「二兎を得る」ことができたのだった。

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 (2018年9月29日追記:続篇を書きました。以下のリンクからどうぞ。)

rasiel9713.hatenablog.com

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