蛮族の本懐

Ne quid nimisというモットーに抗うための試み。

便乗 第5回大本山スタンプラリー(2):成田山新勝寺 前篇 ~香取神宮 聖地巡礼~

前回のおさらい

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rasiel9713.hatenablog.com

今回の行程について

 2018年9月17日(月・祝)、2ヶ月ぶりにTOURING SEROWで日帰りツーリングに行ってきた。行き先は真言宗智山派の大本山の一つにして、「電車で行こう!第5回大本山スタンプラリー」の目的地の一つでもある成田山新勝寺。相変わらず御朱印にもスタンプラリーにも興味はないが、私は筋を通す人間である。気まぐれで始めた大本山巡りだとしても、投げ出さずに最後までやり抜きたい。

 成田山新勝寺と高尾山薬王院のどちらを二番目の訪問地とするかは悩みどころだったが、自民党総裁選に絡む「聖地巡礼」(後述)を同時に行うべく、前者を行き先に選んだ。成田山新勝寺の近くには、現政権の宗教的イデオロギーを理解する上で外せない重要スポットの一つ、香取神宮があるからだ。そう、お察しの通り、今回のエントリは看板に偽りあり、成田山新勝寺は「聖地巡礼」のオマケに過ぎないのである。早速、香取神宮のことを書き連ねていこう。

香取神宮 ~菊花紋章の後光は「大和心」?~

 香取神宮へのアクセスは、自動車(またはオートバイ)を使うと便利である。自動車なら、都内から高速道路で1時間半ほどで気軽に来られる。首都高から京葉道路を抜けて、宮野木JCTで東関東自動車道に入り、佐原香取ICで降りてすぐのところに駐車場がある。公共交通機関を利用する場合、東京駅から高速バスで70分(ただし一日6便)、JR成田線・佐原駅からタクシーで10分と、なかなか不便である。北総の小江戸・佐原観光のついでに足を伸ばすのが良いかもしれない。

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 8時半頃に都内を出発し、途中休憩を挟んで、10時半頃に現地に到着。駐車場から見える「何もない」景色が、遠路はるばるやって来たという気持ちを増幅させてくれる。この駐車場から5分ほど歩くと、香取神宮の大鳥居が見えてくる。

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 実は、佐原香取ICを降りてすぐの駐車場を利用せず、そのまま香取神宮まで来れば、第1駐車場(100台駐車可)に停められる。早く教えてほしかった。

 小腹がすいたので、本殿へ向かう前に、参道商店街のそば処・栄亀庵(創業昭和元年)で鴨せいろそば(¥1,100)を注文。意外につゆがあっさりしていて麺食らった……面食らったが、脂が乗った肉厚の鴨が満足度を高めてくれた。

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 小腹を埋めたところで、寄り道をしながら本殿へ向かおう。香取神宮の森は千葉県指定天然記念物(1974年3月19日指定)でもあり、森ガール(死語)とのデートコースにも使えそうだ。……冗談はさておき、表参道左手の分かれ道を進んでいくと、香取護國神社に辿り着く。早速皇国プロパガンダの腐臭が漂ってきた。

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 鳥居の手前にあるのは「元衆議院議員 今井健彦先生頌徳碑」。私は今井健彦という人物を知らなかったが、歌人・今井邦子の夫で、大政翼賛会の推薦議員だったことから、戦後公職追放に遭った政治家らしい。

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 護國神社の鳥居をくぐり、石段を登った先の立て札には次のようにある(下線は筆者による)。

香取護國神社は昭和21年9月香取神宮境内向栄丘に御創建され旧佐原市及び旧香取郡内各町出身の英霊4,213柱を奉祀する神社です

大東亜戦争直後多難な社会情勢の為向栄神社と称して居りましたが昭和37年より香取護國神社と申し上げて居ります

創建以来志ある方々の御尽力に依り春秋二度の慰霊大祭を執行し同神社の護持運営に務めて居ります

 護国神社が「英霊」を顕彰する施設であり、「戦没者」を慰霊する施設でないのは言うまでもなく、冒頭部は右翼のクリシェに過ぎないが、興味深いのは下線部である。今風に言えば「パヨク涙目」ということになるのかもしれないが、右翼の勝ち誇った雄叫びが聞こえてくるようである。後述の「大和心」を揮毫した人物に寄せて、「完全論破しましたが、恥を知れといいたいですね」と書けば、カルト的人気が出そうである。

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 香取護國神社の日陰に、彼岸花が鮮やかに咲いていた。危うくも美しい。

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 護國神社を通り抜けると、要石が地上に一部露出している。これは、香取・鹿島の二柱の大神が地震を起こすナマズを鎮めるため、地中に深く差し込んでナマズの頭尾を刺し通したという石棒の片割れである。この石棒は深さ幾十尺とされ、1684年、徳川光圀が香取神宮参拝の際にこれを掘らせたが、根元を見ることはできなかったという。香取神宮の要石は凸型をしているのに対して、鹿島神宮の要石は凹型をしている。

 ちなみに、要石と言われて私が真っ先に思い出すのはミカルゲである。ポケモンDptでは、「かなめいし」を「いしのとう」にはめ込むことで「みたまのとう」が完成し、一定条件を満たすことでミカルゲと遭遇することができる。シンオウ地方のモチーフは北海道であるから、ゲーム中の「かなめいし」を単純に香取・鹿島神宮と結びつけることはできないが、ミカルゲが「ゴースト/あく」複合タイプなのは何とも示唆的である。ミカルゲが単なる「悪霊」なのか、悪事によって断罪された「英霊」なのか、妄想は尽きない。

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 灯籠の上部らしきものが打ち棄てられているのを横目に、本殿へ向かう。

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 表参道に隣接する神池。1978年の式年大祭記念事業として、1980年に竣工した比較的新しい池で、亀甲の池・菖蒲ヶ池・宮下の池の三池からなる。

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 総門手前の鳥居。運悪く(?)、総門は塗替工事中であった。

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 総門の両脇には「皇尊」「神敬」という直截な天皇礼賛文句が刻まれている。

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 総門をくぐった先にあるのが楼門。徳川綱吉治世の末期である1700年、江戸幕府により造営された建物であり、1983年に重要文化財に指定されている。なお、楼上の「香取神宮」の額は東郷平八郎の筆によるものである。

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 楼門に輝くのは皇族の菊花紋章(繰り返し言うが、睾玉と菊門ではない)。香取神宮は神武天皇18年に創建されたというフィクションを奉じた「日本スゴイ」の本家とも言うべき宗教施設であり、平安時代から天皇と強い結びつきを持ってきた(明治以前には、伊勢・香取・鹿島の三社のみが「神宮」の称号を与えられていた)。香取神宮は明治以後の近代社格制度においても最上位の官幣大社に列せられ、1942年に勅祭社に定められて現在に至っている。今日においても、毎年4月14日の例大祭には宮中から御使がやってくるというのだから、日本が未だに天皇制と密接不可分であることを認めざるを得ない。

 なお、香取神宮が江戸幕府からも崇敬を受けたというのは面白い。境内に残る数々の歴史的建造物は、香取神宮に惜しげなく「カネ」が使われたことを教えてくれる。権威と権力の双方から庇護された神社が栄えるのは当然であろう。

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 拝殿まで長蛇の列が出来ていた。初詣の時期はさらに混雑することだろう。

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 参拝する気はないので、列をスルーして拝殿に接近。この拝殿は1940年に国費で造営されたもので、黒の漆塗りと極彩色のコントラストが美しい。華美と質素のせめぎあいが荘厳さという主題の中で調和させられており、建築物としては悪くない。この色彩は背後に控える本殿(後述)に合わせたものである。

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 拝殿向かって右手にそびえるのが御神木。樹齢千余年と伝わる杉の木である。

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 神楽殿(旧拝殿)。先述の拝殿の造営にあたって移築された旧拝殿であり、1700年に本殿や楼門と一緒に造営された(千葉県指定有形文化財)。

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 拝殿向かって左手の三本杉。案内板によれば、源頼義が香取神宮を参拝した折、「天下太平社頭繁栄子孫長久の三つの願成就せば此の杉自ら三岐に別れん」と祈願したところ、一株の杉が三岐に別れたのだという。

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 撮影スポットと化している樹洞。中に入ってみると、驚くべき光景が……。

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 どうして現代人は硬貨を樹木の割れ目に差し込んでしまうのか厳島神社でも嫌というほど目にした光景であったが、樹木の腐食を早める迷惑行為に何の意味があるのか、私は全く理解できない。嘆かわしいことだが、ツーリズムと文化財保護の相克は「旅行」が庶民の手に渡った21世紀ならではの課題である。

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 本殿を東側から撮影。本殿は1700年、江戸幕府により、楼門や神楽殿(旧拝殿)と一緒に造営された建物であり、1977年に重要文化財に指定されている。檜皮葺の屋根に、黒の漆塗りと極彩色のコントラストが映える。前述の拝殿の色彩は、この本殿に合わせたものとなっている。さあ、いよいよ「聖地巡礼」のメインターゲットに向かおう。

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 デデドン!(絶望) 安倍晋三揮毫による「大和心」碑である。「大和心」碑は本殿の真後ろに控えているため、拝殿の参拝列に並んで二礼二拍手一礼を済ませると、自然と支配者の碑に対して礼をしていることになる。この素晴らしい仕掛けを知らない者は多いのか、本殿の後ろに回り込んでこの碑を参拝している者は誰一人見かけなかった。この日は自民党総裁選直前だったため、安倍応援団が願掛けに来ていることを密かに期待していたのだが、残念ながらそのような光景を目にすることはかなわなかった。なお、香取神宮 境内案内図には「大和心」碑の記載がないが、あまり表沙汰にしたくない事情でもあるのだろうか。

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 「大和心」碑には、以下の暑苦しい説明文が刻み込まれている(下線は筆者による)。

 平成甲午年式年大祭典の厳修に際り

 平成甲午二十六年 皇紀二千六百七十四年は明治十五年に午歳を式年と定められてより第十二回の大祭の年である

 式年大祭記念事業として昭和五十三年式年より四度の午歳に際り 拝殿 幣殿 本殿の一部漆塗彩色檜皮葺と表参道朱鳥居の修復 楼門内側の敷石改修と これ等はすべて大祭を前に竣成することが出来た

 即ち平成二十五年初冬に 勅使北島清仁掌殿の御参向のもと厳修十五日十六日の式年神幸祭は両日とも好天に恵まれ伝統の随に延々長蛇の行列は四千名に近い供奉者の奉仕のもと万余に及ぶ奉拝者は利根堤を埋め尽くして大利根川に於ける御船遊びは一大絵巻を展開した

 本大祭を通じ御神威の昂揚これより大なるは無いのであり 国家鎮護の大神に皇室の弥栄と国家の隆昌を記念するとともに特別崇敬者 氏子崇敬者 全国御分社御関係各位の御誠意溢るる御奉賛に心より感謝をしつつここに大事業を勒し末永くこれを伝えるものである

 平成二十七年 晩秋

 香取神宮宮司 髙橋昭二

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 なお、「大和心」を揮毫した張本人は香取神宮奉賛会長も務めている。今更言うまでもないが、卑劣さにおいて現首相の右に出る者はいない。「正直、公正」というフレーズが個人攻撃と評されるなど、聞いたことがない。ともあれ、現首相は今年、靖国神社の表立っての参拝を避ける一方で、「靖国神社の源流となった神社」こと琴崎八幡宮を公式参拝するなど、首相動静を逐一追うほど政治に関心のない中間層を煙に巻きつつ、自身の応援団にアピールを欠かさないという政治技術に長けている。香取神宮奉賛会長を務めているという事実も、同様のこそこそとしたアピールであると考えてよいだろう。政教分離とは何だったのか、と野暮なことを聞いてはいけない。これが日本の現状なのである。

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 濃厚な皇国プロパガンダを一度に摂取して胸焼け気味だったので、旧参道を西へ進んで参道商店街へ戻ることにした。帰り道で最初に出逢ったのは、剣聖 飯篠長威斎いいざさちょういさいの墓。飯篠長威斎は、室町時代に形成された天真正伝神道流(香取神道流)の始祖である。私はこの人物を初めて知ったが、剣豪マニアの間では知らぬ者はいない超有名人らしい(剣聖として名高い塚原卜伝も天真正伝神道流を修めている)。飯篠長威斎は一時、室町幕府8大将軍・足利義政にも仕えていたが、その後帰隠して1488年に没した。飯篠長威斎は香取神宮境内の梅木山不断所(後述の奥宮付近)で、千日にわたる修行の末、剣法の奥義を極めたという。その逸話がこの場所に彼の墓がある所以であろう。

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 奥宮。香取神宮の祭神である経津主大神の荒魂を祀った社で、現在の社殿は1973年の伊勢神宮遷宮の際の古材によるものである。旧参道ルートは参拝客が皆無であり、秘境を旅しているような気分に浸ることができる。

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 参道商店街へ戻る下り坂にも彼岸花が咲いていた。彼岸花も好きでこの色をしているわけではなかろうが、こんな場所には毒々しい鮮やかさがよく似合う。

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 さて、次の目的地である成田山新勝寺へ向かう前に、スイーツで英気を養うことに決めた。彼岸花に似た鮮やかな扉に引き寄せられ、私はUNO café(1937年創業)の扉のベルを鳴らした。

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 黒蜜きなこセット(¥750)。名物の香取団子と冷抹茶を一度に楽しめる。コーティングされたきなこが口の中で溶けていくと、団子の表面に塗られた黒蜜の甘さが脳髄を直撃する。参拝後の疲れにピッタリな一品であった。

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 駐車場へ向かう途中、参道商店街の店頭に毛がふさふさした猫を発見。逃げる様子がなく、ゴロゴロ転がっているため、近くまで寄って撮影。撮った写真を友達の女の子に送ったところ、「式神猫ですか?」という返信が届き、その発想はなかったと思ったのだった。

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 後篇へ続く。次回はタイトル通り、成田山新勝寺のことを書いていく。

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